裁判官は「人身傷害は傷害保険」、こう定義してしまったね・・。そんな簡単な結論ではないからこのシリーズが10回を超えているのですが・・。

 また、裁判官は「平成10年以降、保険の自由化により各社約款が多様化しているのだから、算定基準もいろいろ・・裁判基準に拘束される筋のものではない」と言うけれど、それはまったくの建前論です。現在、どの会社も十把一絡げに同じだった対人賠償基準の旧約款を人身傷害の算定基準に流用しています。各社、その支払い金額の計算に大差はありません。大差があるのは、いわゆる「赤い本」などの裁判基準と比べてなのです。問題の本質は(各社、大差ない)保険会社基準と(絶大な差がある)裁判基準のダブルスタンダードです。そして、人身傷害は支払い金額を「契約前に保険金を約束した傷害保険」なのか、それとも「損害の実額を支払う、つぐないの保険」なのか? これが人身傷害誕生以来負ってきた、宿命的テーマのはずです。何か履き違えている印象が拭えません。

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  判旨の通り、確かに保険会社は約款に書かれていることを守ればよいでしょう。まったくの正論です。しかし、裁判官は正論ながら現実とかけ離れた解釈を示しています。
 まず、被害者(ここでは保険契約者)が※賠償先行か人傷先行かの損得を簡単に判断できるわけないですよね。

人傷先行先に人身傷害保険を受取り、次に裁判で賠償金を請求
 賠償先行先に裁判で賠償金を取り、次に自身の過失分を人身傷害保険に請求

 裁判官の言う「選択の自由」は大抵、保険会社有利に運ばれるのが現実です。金融庁の監督下だからと言って、馬鹿正直に損保が「人傷先行が得です」と契約者にアドバイスなどしません。逆に表立って契約者が不利になるような発言・誘導もしません。では、人傷先行か賠償先行か、選択の場面となったら人傷社の担当者はどうするでしょうか?まず、静観を決め込みます。なぜなら過失割合が契約者20:相手80のような事故であれば、通常、相手の保険会社が一括対応(治療費や休業損害の支払い)をしています。そして治療終了後、何の疑いもなくそのまま賠償交渉に進むのが普通だからです。
 保険会社は裁判官が期待するような、優しくお人好しの組織ではないのです。営利を求める一民間企業が数百万円~数千万円の支払いが増える方法を親切に教えてくれるわけないでしょ?そんな担当者は人事異動で地方の子会社に飛ばされます。それが民間企業の限界、保険会社を責めることはできません。・・判旨は無垢で純真な理想郷を前提としたものです。

 さらに、「人傷先行が大多数じゃね?」の判旨。自身の過失が50%を超えるような事故なら、相手保険会社は賠償の対応をしてくれないことが多いので、その場合は人身傷害を先に請求することになるでしょう。しかし本件のように自身の過失が5~30%程度でも、先に人身傷害を請求するのが大多数か?・・そんなわけないでしょう。裁判官は「発売以来 普及が進んだこと、求償の裁判がやたら多いこと」から単なる推測で「みんな先に人身傷害に請求している」と思ったようです。しかし、事実はこのシリーズを読めば解る通り、求償に関する裁判は人身傷害の約款に問題があるからで、決して人身傷害への先行請求が大多数となったわけではないです。

zonbi-jinshou こんな判決があるから現場では未だに「人傷基準差額説」がゾンビのように徘徊しているのです。私の連携弁護士も揃ってこの判決を批判しています。実態にそぐわない、約款の問題から逃げた、この判決が、今後ひっくり返されることを祈るばかりです。

 
 ・・またしても人身傷害の問題を先送りです。現在の約款では多くの会社が「裁判で決まった金額なら『訴訟基準』の総額を認めるよ」としています。一昨日のアンケートを見れば、「裁判をした場合」という条件付きにて「訴訟基準差額説」で支払うことになります。しかし、交通事故の解決は必ずしも裁判をするものではなく、むしろ裁判はレアケースです。事実、裁判に発展する事件は全人身事故のわずか3%あまりです。裁判外の解決が大多数であることはつまり、賠償先行の場合は圧倒的に「人傷基準差額説」が幅を利かせているのです。

 このような不合理な約款に対抗するため、弁護士は策を講じなければならなくなりました。それは次回から。