続きます・・
 

■ 治療

 1995年に雑誌『Spine』に発表された、ある論文があります。ケベックむち打ち症関連障害特別調査団の治療に関する知見、という長い題名の論文ですが、この論文が頚椎捻挫の治療に与えた影響は大きいと思います。

 この論文によれば、

(1) ほとんどの頚椎捻挫は自然経過が良好で、かつ現在行われている治療法のほとんどは、その有効性が科学的に評価されていない。

(2) 頚椎捻挫受傷後安静を保つ意味はなく、頚椎カラーは有用でない。頚椎を固定するような治療を長期間行うことは症状を長引かせ労働不能な状態を長期間持続させる。

 この論文以降多くの研究論文が発表され、やはり受傷後早期から活動性を維持することが有用である可能性が高いとされています。今でも漫画やドラマなどでは交通事故の患者が頚椎カラーをまいている描写をたまに見かけるかもしれませんが、現実にはそのような治療が行われることはほとんどありません。 
 固定をするよりも、動くこと。仕事や日常生活を制限するのではなく、出来ることは積極的に行っていくことが、早期回復、早期社会復帰には重要といえます。

← 安静がダメ?
 
■ 予後

 交通事故における頚椎捻挫では、長期間症状が持続し仕事や日常生活に復帰できない人達が一定数存在するという問題があります。そして、そのような人達の多くは追突などをされた被害者というのが自分の印象ですが、いかがでしょうか。自損事故などはほとんど見かけません。画像検査で器質的異常を認めないにもかかわらず遷延化する交通事故被害者の疼痛、社会復帰不能期間の長期化の影には組織の損傷といった生物学的要因だけではなく、心理社会的因子が密接に関わっている可能性があります。

 リトアニアやギリシャでは追突事故被害者に対する補償が行われていないそうですが、それらの国で行われた研究によれば、交通事故が原因で生じた症状は全て回復し、症状が長期化した例は一例もなかったと結論づけられています。

 長期化する痛みの原因のすべてを補償問題などの疾病利得や、加害者への他罰的意識に結びつけるつもりはありませんが、治療時には考慮しておかなければいけない問題だと思います。
 

<私的感想>

 否定論であっても、専門医の研究結果や数的データは拝聴に値します。客観的な考察も立証の現場では大いに役に立つものです。
 しかし否定論文がすべての臨床、つまり現場で実際に起きていることを否定するほどの説得力はありません。外傷性頚部症候群の患者は、外傷的な衝撃を契機として、痛みやこりのみならず、今まで経験したことのないような手指のしびれ、めまい・吐き気・不眠の自律神経失調症状を起こします。これらは必ずしも器質的変化を伴ったものではなく、画像所見が乏しいものが圧倒的です。実際に画像上の変性がなくとも、神経検査等で数値化する作業を現場の医師は行っています。その医師も常に確定的な診断結果を導くことに苦労しています。つまり神経症状の客観化は常態的な問題なのです。
 今後、研究も肯定・否定とブレながら進んでいくと思います。結論を急ぐ必要はないと思います。

 理論や研究結果が前提であっても、現場の事実とは必ず一致しないことは多いものです。医療の世界はまさにこれが当てはまるのではないでしょうか。