尺骨鉤状突起骨折(しゃくこつこうじょうとっきこっせつ)
(1)病態
上腕骨遠位端部を尺骨が受け入れる形状で、肘関節は構成されています。交通事故では、転倒した時に手をついて、尺骨の鉤状突起骨折を発症することが多いのです。尺骨鉤状突起骨折は、主として肘の脱臼に合併、若しくは肘関節を脱臼するほどの外力を受けた際に上腕骨の関節面=上腕骨滑車と尺骨の鉤状突起が衝突して骨折したものです。
Grade Ⅰ 鉤状突起先端部の剥離骨折
Grade Ⅱ 25%以上50%以下、骨片に関節包と上腕筋の一部が剥がれたもの
Grade Ⅲ 50%以上、上腕筋と内側側副靱帯が剥がれたもの
鉤状突起には、前方関節包、上腕筋、内側側副靱帯の軟部組織が付着しており、肘関節の安定に寄与していますが、GradeⅡ25%以上の骨折から、肘関節は不安定を示すので、手術が選択されています。重症例は、鉤状突起骨折に、肘関節後方脱臼と橈骨頭骨折を合併したものです。
(2)治療と後遺障害のポイント
Ⅰ. 単独損傷、そして、受傷直後に適切な診断と治療が実施された、つまり、正常に癒合すれば、後遺障害を残すことなく改善が得られています。
Ⅱ. 多いのは、不完全な徒手整復と長期のギプス固定の選択による肘関節の拘縮です。転位の少ない鈎状突起骨折では、保存治療が選択されるのですが、最初の2週間は、肘関節90度でギプスシーネ固定がなされます。そして、受傷後1週の段階で、支柱付きの肘関節装具の採型を行い、さらに、装具には伸展制限のストッパーをオプションで追加しておきます。
2週間が経過して、ギプスシーネを除去した後は、この肘関節装具を3ヶ月間、装用させます。当初は鈎状突起の転位を防ぐために、屈曲45~60°までの伸展制限をつけ、段階的に伸展制限を軽減し、最終的には受傷後6週で伸展制限を解除します。肘関節を長期間固定すると、鈎状突起は良好に骨癒合するのですが、肘関節に高度の拘縮、可動域制限を残します。したがって、肘関節前方および内側の不安定性の治療をしつつ、可動域を維持するには、早期から支柱付き・伸展制限付き装具を装着して、積極的な肘関節可動域訓練を行う必要性があります。
以上の治療と検査から、骨折部が癒合しなかった場合は長管骨の変形で12級8号が該当しますが、癒合を果たせなかった場合の多くは肘関節の可動域制限も生じる傾向です。変形より上位の機能障害として、以下の表より認定される事になります。
Ⅲ. 骨癒合は3DCTで明らかにし変形癒合を立証します。拘縮は、ギプス固定期間を診断書からピックアップし、申述書にまとめます。
可動域制限は防げたが、骨折部が変形・転位した場合や、結局、癒合しなかった場合は、長管骨の変形で12級8号が該当します。オペの結果、12級8号が残ってしまうことはありますが、8級8号は余程のこと(修復不能レベルの破壊か手術の失敗?)が無い限り残らないと思います。
Ⅳ. 動揺関節では、装具の発注と、ストレスXP写真で立証します。
肘関節がグラグラとなった場合も、機能障害として、その程度(異常関節の具合、装具の使用状況)から、用廃レベルの8級6号、中レベルの10級10号、軽度の12級6号の選択となります。その選択は、医師の判断だけで決まるわけではなく、自賠責保険がストレスXPと装具の使用状態から判定します。
立証にはストレスXP撮影が必須です。肘関節の場合、経験上、専用のテロスを使った撮影より、技師さんに腕を引っ張ってもらい撮影した方が描出し易いと感じます(以下、写真は下肢にテロスを使った場合)。
Ⅴ. 合併損傷であれば、理想的な治療であっても、ほぼ確実に後遺障害を残してしまいます。最悪は神経麻痺です。神経伝達速度検査、針筋電図検査で立証します。完全麻痺で肘関節の用廃は、めったにないと思います。神経伝達の遅延などが明らかになった場合、12級13号になります。
◆ 神経麻痺での可動域制限の場合
自分の意思で動かすことはできないが、他者によって腕を曲げれば正常に曲がります。他動値は正常であることを理解しておかなければなりません。したがって、後遺障害診断書の計測欄に自動値の記入は絶対です。付け加えるなら、「神経麻痺による可動域制限により、自動値での判定を」と補記して頂きます。
Ⅵ. 以上のような障害を残さなかった場合でも、痛みや不具合がしばらく残存するものです。その場合、症状の一貫性から14級9号の余地を残します。
これらⅠ~Ⅵのハンドリングは、秋葉事務所を頼って頂きたいと思います。
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