またドラマからの話題で恐縮ですが、先日のクロスロード(今田 美桜さん主演)で、オーバードーズで何度も救急搬送される女子高生が登場しました。オーバードーズって何のこと? テロップで説明しないと分からない方も多いのではないかと思いました。
「薬の過剰摂取」のことですが、それほど一般的な用語ではないと思います。多くは、心療内科に属する患者さんにみられる傾向で、一定数の患者さんの根底には自傷行為、自殺願望も指摘されています。飲み合わせを含め、薬の服用には相当数の事故があるようです。マイケル・ジャクソンさんの死亡原因でも注目されたと思います。
交通事故の場合では、精神的に参ってしまい、心療内科で睡眠薬を処方されることがあります。従前から服用していた痛み止めとの飲み合わせには注意が必要とされています。例えばオピオイド系の鎮痛薬、トラムセットやトラマドールです。モルヒネの成分、つまり麻薬ですから、精神系の薬が混ざると危険なのです。
それほどの重大事ではありませんが、痛み止めの万能薬であるロキソニン、これも痛みがきつい方ほど我慢できず、朝昼晩+1と多く服用してしまうことがあります。ロキソニンは胃壁を荒らすので、一緒に胃潰瘍の薬でおなじみのムコスタ(リパミビド)が一緒に服用されます。これを一緒に飲まないと、胃潰瘍まっしぐらとなるのです。かつて、胃が弱いのか、ムコスタと一緒に飲んでいながら胃痛が起きた交通事故患者さんもおりました。
薬剤師の方が言うには、「副作用のない薬はない」、「できれば飲まないに越したことはない」そうです。患者本人が正しい知識のもとに、慎重に服用すべきと思います。

<ウェキペディアによると> 過剰摂取(かじょうせっしゅ、英語: overdose、略称:OD)とは、身体あるいは精神にとって急性の有害な作用が生じるほどの量の薬物を使用することである。それによって一時的、あるいは永続的な影響があり、最悪の場合死亡することがある。過量服薬ともいう。 意図的な過剰摂取は、自殺企図を意味することがある。数では違法な薬物よりも、合法的な薬物における方が多い。
近年、医師から処方された向精神薬を過量服薬する例が相次いでいる。アメリカ合衆国での調査では、薬物による死亡は意図的でない死亡が多く、処方箋医薬品によるものが過半数である。日本で精神科の患者に対する多剤大量処方が問題となり、2012年の閣議決定で薬剤師の活用が提起されたが、2014年度からは一定数を超えた処方箋の診療報酬が減額することとなった。

結局、次の次の病院で骨折が判明しました。この数日間のロスから骨折箇所が転位といってズレてしまうこともあります。骨折の判明が遅れれば、後の処置が手術を含め難しくなるケースがあるのです。やはり、骨折を見逃すことなど、あってはならないと思う次第です。
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週1リハビリは、健保や労災の場合でも目にしています。治療上、適切な理学療法の頻度を決めるのは医師に他なりません。しかし、患者の症状を診ての判断ではなく、治療費の負担者との関係第一で判断するのです。確かに各機関と治療費での摩擦は勘弁してほしい本音はわかります。ただし、治療内容やその量は、患者の症状を診て判断することが医師本来の姿勢ではないかと思います。
それでも、なるべくは薬を飲みたくありません。副作用のない薬など、漢方を除いてまずありません。肝臓、腎臓への侵襲も気になるところです。今回は数度の服用で頭痛の波が引きました。数錠余りましたが、持っていると安心のロキソニンでした。
また、高次脳機能障害の方でたまに目にするのは、被害者が目安となる1年が経っても動かず、先に相手保険会社から主治医に医療照会をされて、「後遺障害はない」との言質を取られて、大ピンチの状態からのスタートとなってしまうケースです。まず、保険会社に悪気はないと思います。スケジュール的に「1年後経ったので、そろそろ症状固定を進めるか」、と主治医に働きかけたに過ぎません。一方の医師ですが、軽度の高次脳機能障害は一見わからないものです。主治医ですら後遺症を詳細に把握できないことがあります。とくに急性期治療だけをした医師は、リハビリで転院した昔の患者への関心を失います。手術が成功し、命を助けて、後はリハビリ先へ、その医師の仕事は終わっているのです。転院後の症状の経過など追っていません。何より、完治を目指して治療に努めた医師こそ、後遺症など認めたくない感情も働くはずです。そのような時に、保険会社から医療照会がきた・・・被害者が後遺障害申請へ自ら動かず、保険会社に先を越された形ですが、これも全国で頻発していると思います。
結論、治療を遅滞なく改善に努め、速やかに後遺障害の認定を得て、賠償交渉へ進める、これらを計画的に進めることが被害者の王道と思います。その策定が難しいのであれば、できるだけ早く秋葉へご連絡頂ければと思います。作戦会議は早いに越したことはありません。




