かつての経験からですが、私はよく外国人とバンドを組みました。多くは♀ヴォーカルで参加して頂いたものです。彼女たちの国籍は、アメリカ、スペイン、フィリピン、ルーマニア等です。会話はほとんど英語ですから、拙い英語力で大変かと思いきや、音楽は世界共通語、たいていのことは意思疎通できます。リハーサルでは、言語の苦労などまったく些細なことで、楽曲のアレンジやコーラスパートで意見交換、アイデアの応酬が続きます。

 ある時、オレゴン出身のシンディーさんが言いました。「来日して数年経つけど、中々日本人の中に入っていけなかった・・それがバンドで初めてできた」そうです。なんでも、学生時代に国際交流の機会で来日が続いたそうですが、パーティーなどで最初は日本人から色々と質問を受けて、それなりに交流ができたようにみえたが・・その後、飽きられてしまったのか、それ以上の交流が続かなったそうです。「自分は外国人だから・・なのかな」と却って自覚したそうです。ところが、バンドは「交流」が目的ではなく、一緒に演奏して歌って、よいステージを展開することです。目標を一つにしたチームなのです。お互いの国籍や言葉の違いなど、もはやどうでも良い事で、共感やケンカも含めて共同作業が続いていきます。

 この経験から、「交流」とは単なる経過であったと気づきました。国際交流を目的とすること自体、最初のきっかけとして良いのですが、外国人と会話して、一緒にご飯を食べて、国内の名所を案内した、これで「国際交流した」という形式的なもので、単なる満足感でしかないのかな、と。
 
 スポーツや趣味など、同じ目的を目指すチームとなることが、実は人との関係を濃密にします。交流はその過程に過ぎず、それを目的や結果とすることに違和感を覚えるのです。