新型コロナの対応に日夜従事されている医療関係者の皆さまには、感謝と尊敬しかありません。その気持ちは一点の曇りもないつもりです。しかし、昨年から回数は減ったものの、病院同行の日々を送る私達には、どうしてもひっ迫度が伝わってきません。 感染者が毎日千人単位で発表されています。院内感染に神経をとがらせているはずの病院ですが、今年は院によってかなり差があります。昨年のある病院では、入り口に特設会場を設け、検温と消毒どころか今日まで2週間の足取りまで詳細に記入、軽い問診すらありました。しかし、最近では、入り口に申し訳程度にアルコール消毒液のポンプが立っているだけ、何のチェックもない病院も増えているように思います。
昨年より感染が拡大しているというのに、個人開業医も総合病院もコロナ対策は昨年より下火なっているようです。病院もコロナ慣れなのでしょうか、以前ほどコロナにピリピリしていないと思います。一方、コロナ受け入れ病院は病床数が各地で臨界点を超えているそうです。つまり、ひっ迫しているのは保健所とコロナ受け入れ病院だけなのです。
昨年、諸外国では日本と桁違いの感染拡大が起こり、死亡者数も日本と比べられない位に大変でした。したがって、「コロナ受け入れ病院」に留まらず、すべての医療機関にコロナ受け入れが求められたのは必定でした。欧米では、専門科は最初からひっ迫、畑違いの科にまでコロナ患者の受け入れをせざるを得ず、医療崩壊となりました。皮肉なことにその結果、早くから歯医者さんやドラッグストアでの予防接種が進みましたが・・。
欧米諸国と対比すれば、日本の医療ひっ迫はコロナ対応の一部の病院の現象に思えるのです。日本の医療崩壊とは、コロナ対応病院のみの崩壊の意味に聞こえます。やはり、どこか余裕を感じてしまうのです、日本は。
結果論ですが、昨年からの時間的猶予を考えれば、内科に限らず他科にも人員と装備を拡大、そしてベット数を増大させることはできたはずです。対して日本の医療業界自体、コロナ対策をなりふり構わず全科に拡大することに消極的な印象が残ります。既得権益の為とまでは言いませんが、医師会は保守的なのかなぁと思います。国も、毎年のインフルエンザ流行程度の災厄と思いたく、医療の受け入れ態勢に予算を割かなかった・・色々と邪推が起きてしまいます。未知の感染症、変異株の続出も想定外、将来予想のつかない現象に、国も自治体も後手に回ることは仕方ないのかもしれません。
来週は高齢者である父の予防接種の予約が入っています。アメリカの例に倣って、全国民へのワクチン接種を急ぎたいものです。

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今日のテーマは医療
近年、体内吸収性の固定プレートやスクリュー等を使用した手術が増えてきておりますが、今後、交通事故外傷においても、様々な部位で使用されるケースが増えてくるのではないかと思い、まとめてみました。
どーも、金澤 炭治郎です。
最近、ボスの秋葉が寝違いで苦しんでいます。
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話を戻しますが、現代であっても、親が医師であれば、若手医師にとって家にベテラン医師がいる恵まれた境遇となります。あらゆる職業で、世襲そのものは決して悪い事ではないと思います。私の解釈では、不正をしてでも(つまり、能力が担保されない子に)無理に世襲させることが諸悪の根源であり、機会均等は原則、ルールは常にフェアであるべきと思います。能力が担保されない医師に苦労させられるのは患者です。私達も仕事柄、問題のあるドクターを何度も目にしています。では、一切の不正を廃し、跡継ぎが医師試験に受からない院は廃業させるべきでしょうか・・。
(1)死亡診断書、2つの意義


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