昔のバンドメンバーの言葉です。受け売りかもしれませんが。曰く、一度その人を信じたのならば、もう事実はどちらでもでもいい・・実に深い言葉だと思います。
 
 当然、私共士業者はご依頼者の言う事を信じて、そのご希望を達成する為に尽力するものです。これこそ、信任を受けて業務にあたる士業者のあるべき姿、ご依頼者を疑っては仕事になりません。

 しかしながら、嘘偽りを語り、士業者を利用しようとする者が交通事故業務でも存在します。ある交通事故被害者さんの相談内容ですが・・・相手保険会社に対して、車両の修理費とケガの休業損害を請求したところ、担当者が横暴で、「これは出ません、あれも出ません」との塩対応です。気の毒なこの被害者さん、助けを求めて新人弁護士に相談しました。
 
(仮名)黒井 考男さん(40歳 自営業) 追突事故に遭遇。

(仮名)お花畑法律事務所 仁良 信二 弁護士(26歳 今年、弁護士登録 若手のホープ)
 
黒井さん:ケガで仕事もできず、車も修理できません。指示された書類を提出しても払ってくれません。担当者は弁護士対応するとまで言ってきています。
  
仁良先生:それはひどい、保険会社の払い渋りは許せません。私から請求しましょう。早速、車両の写真と見積もりをお見せ下さい。
 
黒井さん:車は知り合いの工場に任せています。見積もりはこれです。
 
仁良先生:(写真を観るとバンパーにかすり傷程度)見積もり額は・・えっ、89万円!ですか?
 
黒井さん:はい、輸入部品を使っているので高いのです。
 
仁良先生:中古で購入した10年落ちのレクサスで?・・(これはちょっと無理筋ですが)その部品を購入した領収書や証明書は?
 
黒井さん:失くしてありません。
 
仁良先生:・・・。 それでは、事故前年の年収はおいくらですか? その収入証明はありますか?
 
黒井さん:だいたい1000万円です。税金を申告していないので証明書はありません。友人から仕事の委託を受けていまして、その明細ならあります。
  
仁良先生:(それをみると、具留工務店の署名が入った用紙に、手書きで毎月80万円の支払とありますが)・・・それでは、通帳に入金の記帳はありますか?
 
黒井さん:現金払いなのでありません。
 
仁良先生:これでは、保険会社は払わないですし、仮に裁判になっても認められません。
 
黒井さん:それを何とかするのが先生ですよね。お願いします、助けて下さい。
 
仁良先生:う~ん・・・。


 さて、仁良先生、黒井さんを信じて、受任すべきでしょうか?
 
 冒頭に言いましたように、依頼者を信じることは大原則です。しかし、どう考えても不正請求しているような依頼者を助けることは、犯罪のほう助です。残念ながら「肩入れしてはいけない」依頼者が存在するのです。すべての依頼者を信用することなどできません。民事上、(不正かどうかを別として)受任すること自体は違法ではありませんが、反道徳的なことにはなります。そして、受任者にも一定の「責任はある」と思います。ご依頼者の正邪・真贋を見抜く、これが士業者にとって悩ましい問題なのです。
 
 かつて、社労士先生向けでのセミナーで、秋葉が問いかけた質問と回答にも表れています。
 
秋葉:「障害年金の業務をしている先生に質問ですが、最近、病気を偽る不正な申請が問題になっていますが、先生はどのような対策をされていますか?」
 
社労士:「私は依頼者を信じていますので」
 
秋葉:「でも、疑わしい依頼者もいませんか?」
 
社労士:「私は依頼者を信じていますので」
 
秋葉:「・・・(やってるな=あやしい不正請求者も受任している)」
 
 人を信じることは、誠に美しい姿です。しかし、一部の頭の黒い依頼者の為に、審査側が厳しくなって、本来、助けるはずの申請者まで疑われてしまう・・つまり、モラルリスクの増大が、支払側の財布の紐を固くする事につながるのです。正当な受給者にとって、これは迷惑でしかないのです。士業者がその片棒を担ぐなど、あってはならないと思います。
 
<信じたくても信じられない依頼者の相談例>
 
① 歩行中、自動車と接触した事故。幸い軽傷でしたが、1週間後になって事故で上着が破れていたと。その上着はブランド物で30万円だそう。現物は?と聞くと、既に処分して「無い」と(早っ!)。領収書もない。買ったお店は閉店したとのこと。

 → それ、信じます? (多数例はローレックスにキズですが)
 
② 割り込み車との接触事故。2週間後、自動車のトランクに高級ゴルフセットがあり、ドライバー3本折れて、その代金が60万円だと。確かに折れたドライバーを持参してきましたが・・例によって領収書失くした。販売店の証明書も書いてもらえない。何より、自動車の破損は部バンパー、その交換だけの損害。

 → それ、信用できます?
 
③ おかま掘られて、診断名は頚椎捻挫だが、その衝撃で歯を食いしばり、2本根元がダメになった。事故前より虫歯で治療中の歯医者からインプラントを勧められたが、その治療費は50万×2本で100万円になるそう。これ保険会社に出してもらえますか?

 → 不意打ちとなる追突で歯を食いしばるとは考えづらいものです。顔面や顎をぶつけたなど、外傷があればまだしも・・これ、保険会社にガチ請求します? 

 最近では、依頼者ではなく、歯医者さんが「事故で歯がダメになった可能性があるので、保険会社に請求しましょう」と賠償請求に乗り気な例がありました。ただし、もし(いえ、絶対に)保険会社が払わなかったら、患者負担にするつもりでしょう。支払わない保険会社を悪者にして。まさか、歯医者さんが出ない費用を泣いてくれるとは思えません。非常に無責任な姿勢に感じました。
 
 まだまだ、たくさんの例があります。もちろん、悪意なく、事故の被害と思いこんでいる被害者さんもおりますが、相談の段階で説明すれば無理筋と理解して、すぐ納得してくれます。しかし、まんまと保険金をせしめた成功例?のサイトから悪知恵を仕込んでくる者が存在する以上、私ができることは、その手口を公表することでしょうか。人を疑わない、人の良い士業者さんも痛い目を見る前に、よくよく相談者を見る必要があります。人を疑う事は気分の良いものではありませんが。
 
 
 保険会社側では「疑う」だけなので、むしろ楽でした