【事案】

自転車で退勤途上、交差点で自動車と出合い頭衝突したもの。一早く労災治療となっていた。

診断名は、脳挫傷に加え、左頬骨、骨盤の寛骨臼など骨折した。身体の骨折は順調に癒合が進み、14級程度に回復する見込みである一方、高次脳機能障害は必至の件となった。
 
【問題点】

自転車側に一時停止があり、相当の過失減額から、賠償請求の余地は低い件であった。また、本件被害者さんは、元々の障害があり、1人暮らしの為、ご職場と遠方のご家族の協力が立証作業の生命線となった。

最大の問題は相手損保であった。治療費が労災であることから、相手損保の積極的な介入はないと思われたが、なんと、3か月で症状固定、後遺障害診断書を病院に記載させてしまった。確かに、ご家族はよくわからないままに同意書を差し出していたが、担当者の考え=「障害者は面倒だから早く終わらせよう」としたのか、単に高次脳機能障害の知識(通常、症状固定は1年後)が無かっただけか、いずれにしても、この担当者からすべて取り上げる必要がある。
 
【立証ポイント】

必要な検査も欠いたまま、わずか3か月後の後遺障害診断書など、破り捨てるしかない。この時点は、骨折の治療でぐったりしたまま退院したばかり、高次脳機能障害の症状が顕在化する前の状態なのです。しかしながら、そこは、丁重に「書類を補充してお返しします」と言って、相保の担当者に書類一式を返して頂いた。

その後、経過的に症状を観察、案の定、3か月後から情動障害を発露、幻聴や幻覚も加わり、以後、進行していった。ついには介護状態となり、施設入居を余儀なくされた。これこそ、高次脳機能障害の症状、そのクライマックスとなった。いつも通り、可能な検査を的を絞って実施、後遺障害診断書は新たに書き直し、すでに書かれた診断書も遡って修正を加えた。症状と事故前後の変化を職場から精密に聴き取り、9か月後、万全に提出書類を揃えた。

担当者とはここで決別。「書類をお返しする」との約束など反故、連携弁護士を介入させて被害者請求へ。問題なく自賠責保険は3級3号、労災は1級-5級の加重障害の判定となった。自賠責に関しては、元々の障害を”加重障害として差し引かれずに済んだ”点が大きい。それぞれの入金(労災は年金支給、7年支給停止だが一時金あり)をもって、これ以上の賠償余地は無きに等しくなった。
 
それでも、連携弁護士は損害賠償を模索、担当者から譲歩を引き出し、わずかに追加の賠償金を貰って矛を収めた。仮に裁判で介護費用を請求しても、元々、精神障害者手帳をもち、障害年金の受給者であることから、実質審議にはなじまないと判断したからである。
 
断言します。相手損保に任せていたら、半年で7級4号で終わらされたと思います。
 
(令和5年7月)