長きに渡り、北海道など認識の範疇になかった日本人にとって、地の果ては青森県の下北半島でした。その半島にある日本三大霊園と言えば恐山です。ここはこの世の果て、「人は死ぬと山(恐山)に行く」と信じられてきました。長年、訪問を期しておりましたが、ついにこの夏、参拝を果たしました。
 

 
 恐山菩提寺の創建は862年。慈覚大師円仁が夢のお告げに導かれ、諸国に教えを説いた旅の果てに、開山したと伝えられています。境内を外れると硫黄が沸き立つ岩山に経路が設けられ、有名な賽の河原があります。生花が持たない環境ゆえ、代わりに風車がそえられています。カラカラと回る風車が物悲しい雰囲気を象徴しています。
 

 
 宿坊に泊まることは、今までも何度か経験しています。肉・魚のない食事、テレビとWi-Fiのない部屋、もちろん自販機にビールはありません。そして、朝6:00に放送で叩き起こされて朝のお勤め、本堂での読経と供養に参列します。トータル40分位なので、それほどのことはありません。むしろ、興味津々で本堂内を眺め、僧侶の話に耳を傾けます。もし私が外国人であれば、日本旅行のハイライトにもなる経験かと思います。
 

 
 さて、温泉マニアにとってお目当ては硫黄成分たっぷりの温泉です。広い内湯と境内に4か所の外湯があります。この外湯、日中は参拝客が多く、落ち着かないものですが、夜間ともなれば最高の孤独を味わうことができます。参道に外灯はありますが、基本、漆黒の闇です。星明りがなければ風呂場まで慎重を要します。
  

  
 夜は22:00まで入浴できます。漆黒の境内をうろうろしましたが、やはり幽霊を見ることはできませんでした。浴槽は見ての通り ↓ 。
  

  
 その美しさと、こもった硫化水素ガスに思わず息が詰まります。私がゴッホなら、「ひまわり」、「夜のカフェテラス」と並ぶ、黄色い傑作を描くことでしょう。 
  
 3日の逗留にて、視界に白い靄がかかったように、目をやられました。硫黄は目によくありません。
 
 熊野大社、諏訪大社にも温泉があり、それぞれ入湯済です。祈りと湯、斎戒沐浴と言うように共に密接なのです。いずれ、高野山、比叡山にも逗留したいものです。
 
 明日につづく