近時の臨床結果を踏まえ、あえて、テンソルを再評価してみましょう。
 
拡散テンソル画像とは

 近年、脳疾患に対する画像診断技術は著名な進化を遂げており、中でもMRIの拡散強調画像を応用した拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging :DTI)が注目されている。DTIとは生体内水分子の拡散の大きさや異方性を画像化したものであり、従来の撮像法と比較して脳白質の構造変化を鋭敏にとらえることができる画像診断法である。主なパラメータとしてはfractional anisotropy(FA)が用いられており、さまざまな脳白質病変の評価に応用されている。またDTIにはfiber-tractographyという神経線維の走行方向を描出できる技法もあり、臨床や研究で多く利用されるようになってきている。

 
びまん性軸索損傷に対する拡散テンソル画像の有用性

 高次脳機能障害や運動機能障害を有するにもかかわらず、従来の画像診断では異常所見を認めないDAI症例に対し、DTIで評価を行った自験例をいくつか紹介する。
 

① MRI上明らかな異常を認めないが高次脳機能障害を有するDAI患者11名と、年齢をマッチングした健常者16名との比較、対象者すべてのDTI脳画像を標準化し、DAI群と健常群に分けてFA値の比較を行った。DAI群では、従来のMRIでは異常を認めないにもかかわらず、脳内の非常に多くの部位に散在性にFA値低下部位を認めた。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられる。
 
② 23歳、男性:19歳時に交通事故で頭部外傷を受傷。記憶障害、注意障害、遂行機能障害等の高次脳機能障害を認めるがMRIで明らかな異常所見を認めない。しかしfiber-tractographyでは同年代の健常者と比較して能梁繊維、脳弓線維の描出不良所見を認める。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられ、高次脳機能障害の原因と考えられる。
 
③ 37歳、女性:35歳時に階段から転落して頭部外傷を受傷。受傷時は記憶障害、注意障害等の高次脳機能障害を呈したが、リハビリテーションにより改善し、現在は高校の英語教師として復職している。しかし左不全片麻痺を認め、歩行のためには杖と短下肢装具が必要な状態である。MRIでは左片麻痺の原因となるような所見は認められない。しかしfiber-tractographyでは同年代の健常者と比較して錐体路の描出不良所見を認める。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられ、左片麻痺の原因と考えられる。

 
② 23歳の例 

テンソル前比較
このMRI(左からT1、T2、T2スター)では明らかな異常を確認できない

 

テンソルでは

(上)しかし、同年代健常者との比較では脳梁繊維が明らかに少なくなっている
(下)さらに、脳弓(マクドナルドのマークのような)が見えなくなっている

 
 このように従来の画像診断では明らかな異常を認めないような患者でも、DTIを用いることで障害の原因となっている病変を描出できる可能性がある。またDTIはMTBIに対しても有効であることが報告されている。外傷性脳損傷患者の診察を行う際には従来のCTやMRIなどの画像診断技術では描出することが困難な「見えない病変」が併発している可能性にも注意して評価を行っていく必要がある。

参考文献:『高次脳機能障害者の自動車運転再開とリハビリテーション』