保険会社の主張する過失割合は、その根拠が「判例タイムス」である以上、極端な不一致はありません。しかし、双方の権利意識が絡むので、契約者の事故説明や主張に耳を傾けざるを得ないこともあるかと思います。
もちろん、契約者=お客様だからと言って、法律を捻じ曲げるような、極端な身びいきな過失割合の主張はしません。争って負けることが分かっていれば、そのような愚は犯さないでしょう。そこは、契約者との折り合いの問題かと思います。損保ができることとして、契約者の主張に沿う為に「どの判例を根拠とするか」、これが有利な主張展開かと思います。最近、双方食い違った判例について、2例挙げます。 (1)自転車の転回です
直進道路(片側2車線の幹線道路)を走行中の自動車が、前方を走行中の自転車の右折によって、衝突した事故です。その自動車の運転者の説明を基に相手損保は、「自転車が転回(Uターン)した」との判例を採用、50:50を主張してきました。
相手の主張(50:50)
DRを見ましたが、自転車がこの2車線道路で隣車線に逆走するようなUターンをするとは思えません。そのようなハンドル操作も確認できません。普通に右に曲がる走行軌跡です。上の判例は、そもそも片側1車線の道路で、反対車線への転回が想定されたものです。自動車側(の加害者及び損保)が自らを有利な過失割合にすべく、希望的観測として自転車の「転回」を持ち出したに過ぎないと思います。仮に裁判までもつれても結果は見えています。
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ここも2度ほど逗留しています。レトロ温泉ファンにはおなじみ、山形県最古の温泉建築です。陸羽東線で宮城方面から鳴子温泉を経由で、あるいは山形・新庄からでも向かえます。とにかく泊まってみることです。廊下、壁、床、天井、職人の遊び心か凝った内装、建具、謎のオブジェの数々・・思わず溜息がもれます。↓ ローマ風呂も、毎度独泉です。

病院のルールでしょうから、事務方に責任はないと思います。それでも、せめて「すみませんが・・」との一言は欲しかった。このような病院の特徴として、院長が異常なくらい権威があり、その圧が看護師や事務方に伝搬し、最後は患者に高圧的な態度で現れるようです。一方、病院側のミスなので「着払いで良いです」と善処して頂ける院もありました。やはり、結局のところ院長や職員の人間性の違いではないでしょうか。
”天網恢恢疎にして漏らさず” このようなご無体な対応をしている病院は、患者はじめ周囲との摩擦やトラブルが多いと推察します。どこかで威張っているツケは返ってくると思います。

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洋の東西を問わず、降霊術はみられます。とくにモンゴロイドの間では、交霊の媒体となるシャーマンの存在が、世界各地の文化圏に類似しています。南米インディオでも、踊り狂ってトランス状態となった巫女が死者を降ろして吉兆を占うそうです。沖縄(ユタ)や東南アジアでも似たような風習があるようです。イタコの存在はもちろん知っておりますが、今回、詳しいことを寺社内で初めて聞く事ができました。
恐山菩提寺の創建は862年。慈覚大師円仁が夢のお告げに導かれ、諸国に教えを説いた旅の果てに、開山したと伝えられています。境内を外れると硫黄が沸き立つ岩山に経路が設けられ、有名な賽の河原があります。生花が持たない環境ゆえ、代わりに風車がそえられています。カラカラと回る風車が物悲しい雰囲気を象徴しています。
ネットの書き込みや★評価でも、病院は散々な書かれようです。飲食店では、その評価や★で潰れてしまうこともあります。対して、「気に入らないのであれば他所の病院に行って」とも言わんばかりの病院は、どう書かれようと潰れない無敵の存在です。しかし、競争の原理のない社会は、それに甘んじている者達の怠惰・劣化に直結します。人の生命を預かる治療機関、大きな責任を担うことに尊敬はあります。しかし、悪い方に転じれば、責任ではなく人の生命を握って胡坐をかいていることになります。
回復と賠償金、二兎を追いました




