例年7月20日から24日に行われる「恐山大祭」と、10月上旬の連休に行われる「恐山秋詣り」には、イタコと呼ばれる巫女が死者の御霊を呼んでくれるとあって、多くの人達が列をなし、あの世からのメッセージを聞きに恐山に集まります。
洋の東西を問わず、降霊術はみられます。とくにモンゴロイドの間では、交霊の媒体となるシャーマンの存在が、世界各地の文化圏に類似しています。南米インディオでも、踊り狂ってトランス状態となった巫女が死者を降ろして吉兆を占うそうです。沖縄(ユタ)や東南アジアでも似たような風習があるようです。イタコの存在はもちろん知っておりますが、今回、詳しいことを寺社内で初めて聞く事ができました。
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長きに渡り、北海道など認識の範疇になかった日本人にとって、地の果ては青森県の下北半島でした。その半島にある日本三大霊園と言えば恐山です。ここはこの世の果て、「人は死ぬと山(恐山)に行く」と信じられてきました。長年、訪問を期しておりましたが、ついにこの夏、参拝を果たしました。
恐山菩提寺の創建は862年。慈覚大師円仁が夢のお告げに導かれ、諸国に教えを説いた旅の果てに、開山したと伝えられています。境内を外れると硫黄が沸き立つ岩山に経路が設けられ、有名な賽の河原があります。生花が持たない環境ゆえ、代わりに風車がそえられています。カラカラと回る風車が物悲しい雰囲気を象徴しています。
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肩関節脱臼のほとんどは前方脱臼です。本件は珍しく背中側・外側への脱臼で、整復後も肩の機能障害が残りました。つまり、酷い症例なのです。
ここで、単に等級を取るだけが秋葉事務所の仕事ではありません。仕事へ復帰できるよう、専門医の再手術含め異例となる長期間の治療を選択しました。それでも、確実に12級だけは押さえ、1千○百万円の賠償金を確保しました。
回復と賠償金、二兎を追いました
12級6号:肩関節脱臼(40代男性・埼玉県)
【事案】
バイクで直進中、右折する対向自動車と衝突、右肩関節の脱臼と肩腱板損傷となった。脱臼は大変珍しい後方脱臼であったが、救急搬送された病院で脱臼を見逃され、「1週間後に来て下さい」と帰された。翌日、肩の異常から別院に行って脱臼が判明、急ぎ整復(数人がかりで肩関節を戻す)とした。 👉 肩関節脱臼 その後、1度の手術を経てリハビリを継続するも、肩関節の可動域制限が続き、仕事に戻れないまま4カ月経過、この時期に弊所に相談が入った。 【問題点】
定石通り、このまま可動域制限で等級を抑えて解決へ進めるか・・しかし、脱臼を戻せば限りなく治ると考える自賠責は10級認定をためらうはず・・様々な予想から判断しなければならない。何より、このまま肩関節が半分も挙がらない状態では、現場仕事への復帰は到底叶わない。熟慮の結果、肩関節の専門医にお連れすることにした。
そこで、拘縮した関節の組織を剥がす再手術を慣行、可動域回復の訓練をやり直す事とした。結果、回復から肩の機能障害の等級は下がるが、確実に12級認定を残すレベルまで回復させて申請する方針とした。 【立証ポイント】
今月から事務所近くにある社員寮を引き払い、生活拠点を実家に戻しました。自宅で寝起きすること自体、生活上の便利はありますが、事務所へ片道55分の通勤が負担となります。
学校を卒業以来、通勤を伴ったサラリーマン生活はわずか3年しか経験していません。それ以外はすべて独立自営で通してきました。今月からは、あれほど嫌った通勤電車・・まるでサラリーマンに戻ったようです。
しかし、案に反して電車は昭和の殺人的な混雑ではありません。押し合いへし合いの乗車など皆無、なんと座ることすらできます。早い時間帯、6時30分前後の電車であることだけではなく、時差通勤の会社が増えたこと、在宅ワークでの通勤減少、学生の減少、色々な要素のおかげと思います。
しばらく通勤生活が続きますが、せめて事務所にソファは欲しいなと思います。いつも休憩の際は、折り畳みできる簡易ベッド(↓)にゴロンとしていますので。
【事案】
バイクで直進中、右折する対向自動車と衝突、右肩関節の脱臼と肩腱板損傷となった。脱臼は大変珍しい後方脱臼であったが、救急搬送された病院で脱臼を見逃され、「1週間後に来て下さい」と帰された。翌日、肩の異常から別院に行って脱臼が判明、急ぎ整復(数人がかりで肩関節を戻す)とした。 👉 肩関節脱臼 その後、1度の手術を経てリハビリを継続するも、肩関節の可動域制限が続き、仕事に戻れないまま4カ月経過、この時期に弊所に相談が入った。 【問題点】
定石通り、このまま可動域制限で等級を抑えて解決へ進めるか・・しかし、脱臼を戻せば限りなく治ると考える自賠責は10級認定をためらうはず・・様々な予想から判断しなければならない。何より、このまま肩関節が半分も挙がらない状態では、現場仕事への復帰は到底叶わない。熟慮の結果、肩関節の専門医にお連れすることにした。
そこで、拘縮した関節の組織を剥がす再手術を慣行、可動域回復の訓練をやり直す事とした。結果、回復から肩の機能障害の等級は下がるが、確実に12級認定を残すレベルまで回復させて申請する方針とした。 【立証ポイント】
専門医の協力はもちろん、相手保険会社からとやかく言われない労災治療を最大利用した。労働基準局に掛け合い、2年近い治療の末、肩関節の回復程度とタイミングを見極めて申請し、12級6号の確保に至った。
その後、連携弁護士の交渉で解決に至る。治療と賠償、両者のバランスの良い解決となった。 (令和7年6月)





