高次脳機能障害の症状で、性格や感情面に変化が現れるケースを多数経験しています。

 脳に器質的な損傷を受け、神経系統に障害が残った場合、知能や判断の低下、記憶や言語の障害等、たくさんの症状が起こります。それら症状は被害者によって違います。その一つ一つを立証するために、客観的なデータが望まれます。これら検査を総称して神経心理学検査と呼んでいます。既にこのHPではその多くを解説してきました。しかし、一連の検査をもってしても症状に該当するものがなく、心もとない分野として、易怒性(不自然にキレやすい)などの情動障害、文字通り人が変わってしまった性格変化が挙げられます。

 情動面・性格面は被害者の感情や個性に依拠しますので、そもそも人それぞれです。怒りっぽい人、のんびりした人、性格が違うように、客観的な比較ができないものです。判断する医師だけではなく、審査すべき側である保険会社も、事故前の被害者の性格を知りませんので、変化(障害)などわかりません。

 さらに困ったことに、ケガをする前に検査をしていた人など皆無で、事故前後の客観的比較データを得ることはできません。そこで、障害による一連の変化は、家族が克明に説明・主張していくことになります。それでもわずかながら、情動面を数値化する検査がCAS検査です。CAS検査は元々、注意機能の低下を判断する、総合的な検査であるCAT検査に続いて作成された経緯があります。

 以下、サクセスベル株式会社さまHPより引用させていただきました。   標準意欲評価法(CAS)の構成

1 面接による意欲評価スケール

 被検者と一定の時間面接をおこない、その間に17項目について逐次5段階評価を行います。

2 質問紙法による意欲評価スケール  被検者に質問紙(記入紙)をわたし、過去数週間の自分の考え、気持ち、行動に照らし合わせて、もっともよく当てはまるところに○を付けさせるというものです。

3 日常生活行動の意欲評価スケール

 被験者の日常生活を、約7日にわたり観察し5段階評価します。場所は、病棟、訓練室、外来(在宅)、施設などであり、関連のスタッフが分担・協力することが大事です。

4 自由時間の日常行動観察

 被検者が所定のスケジュールがない自由な時間になにをしているか、5日~2週間以上観察。場所、内容、行為の質、談話の質などについて評価します。

5 臨床的総合評価

 臨床場面での総合的な印象に基づき、5段階の臨床的総合評価をおこないます。    情緒、感情面に踏み込む、画期的な検査キットです。特に、自発性の低下など、意欲に関するデータを取ることができます。すべての情動障害・性格変化を明らかにすることは叶いませんが、それでも自賠責の障害審査の一助となり、後の賠償交渉においても弁護士の武器となる有難いデータです。これらの検査結果に家族の観察をリンクさせて情動障害を明らかにします。

 本日は、千葉県の病院同行にて、主治医にCAT、CAS検査を依頼しました。本件も症状固定を前に、立証作業は大詰めに入ります。

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 よい休暇をとっていますか? 私は一向にはかどらないのですが、溜まった事務仕事です。息抜きに記事を書きましたのでよかったらご覧下さい。 (やや長文です)

・・・・     昨年から減少傾向ですが、相変わらず、労災や自賠責の認定上、グレーな扱いとなっている傷病名の相談がみられます。    代表的な2大傷病名は「脳脊髄液減少症」と「MTBI」です。これらの傷病名を冠した被害者の皆さんは、事故以来、頚部・頭部の疼痛・しびれに留まらず、めまい、吐き気、動悸、不眠、起立痛、関節痛、生理不順、意欲低下、健忘、鬱(うつ)、情緒不安定・・あらゆる神経症状、脳障害・精神疾患症状をきたすことになります。しかし、画像や検査にはっきりとした原因が現れません。

 それらの症状は交通事故を契機としますが、多くに共通することは高エネルギー外傷ではないことです。高エネルギー外傷とは曖昧な表現ですが、「強い外力により、身体内部の広い範囲で組織が破壊されているケガ」です。自賠責では「器質的損傷を伴う外傷」と読み替えることができます。高エネルギー外傷の反対は骨折や靱帯損傷のない、打撲・捻挫の類で軽傷となります。

 軽傷かつ軽い衝撃ながら、長引く症状に悩まされる被害者の皆さんは、捻挫の診断名では納得できず、自分の傷病名を血眼で捜します。医師も原因がわからず、患者は病院を転々とする、ドクターショッピングに陥ります。骨折や人体組織に相当の破壊があれば、医師も症状を解明すべく、懸命に検査を実施し、経過観察を続けます。しかし、軽い衝撃であること、さらに検査上「異常なし」となれば・・どの医師も「心因性?」と相手にしなくなるからです。実際、症状を訴える患者のほとんどが心身症、または別の原因(加齢による神経症状、更年期障害)と言われています。

 もちろん、事故との因果関係はあるが、器質的損傷が判然としないだけで、嘘偽りなく苦しんでいる患者さんも存在します。極めて少数ですが。

 また、この2大傷病名はなぜか特定の病院、専門外の医師の診断に集中しています。まったくもって不思議です。一方、脳神経外科や脊椎の専門医にお会いすることが多いのですが、多くの医師はそれら傷病名に懐疑的です。臨床上、原因不明の患者の存在を否定はしませんが、確定的な診断を控えます。つまり、医学的にすべての症状が解明されているわけではないのです。謙虚に言えば、まだ推論の段階でしょう。

 この5年間、私も大勢の「脳脊髄液減少症」「MTBI」患者にお会いしました。どうみても心因性か、外傷性頚部症候群、バレリュー症候群、自律神経失調症にしかみえない被害者さんがほとんどです。そもそも、専門医すらわからない症状について、素人の私に判断できようがありません。

 前提として、労災・自賠責の認定基準は、それらの診断名を直接に後遺障害とは認めていません。多くは、因果関係なし=非該当か、神経症状の一環として14級9号の判断とします。14級を超える立証は私の努力では不可能です。稀に弁護士が裁判での認定を目指しますが、ほとんどが負け戦です。医師が証明しきれないもの、特定の医師による推論的な診断しかないものを争うわけですから、当然に苦しい戦いとなります。

 そのような状況でありながら、この2大傷病名に積極的に取り組んでいる弁護士先生には頭が下がる思いです。

 私達は医療調査及び保険請求から「事実証明」を果たすことが使命です。医学的な解明は医師の範疇、それも臨床医ではなく研究医の分野です。私達は医学の進歩を待つしかないのです。したがって、「出来ること」と「出来ないこと」を明確に表明することが被害者様に対する誠意と思っています。

 事実証明とはサイエンス(科学)に則った証明なのです。ある専門医は「医学的な根拠がない傷病名は、サイエンスではない」とバッサリです。

 つまり、推論の段階である傷病名を追うことは、UFOや心霊現象、超能力の存在を証明する作業と同じなのです。

 現在の科学が万能とは言いません。医学的な解明が進み、自賠責の認定基準も変わるかも知れません。しかし、現状、私達に出来ることは、謙虚に被害者さんの症状を聞き取り、現在の科学をもってできる医証を揃えて審査にふすことです。これが「脳脊髄液減少症」と「MTBI」に対する、純粋なスタンスではないでしょうか。交通事故外傷・立証の現場に、サイエンスの対極である「オカルト」「超自然」を持ち込むわけにはいかないのです。     最後に、かつて経験した最高クラスのオカルト相談を・・   相談者:「自動車に乗っていたら、急に光に包まれてすごい衝撃を受けました。その後、意識を無くしたのですが、気がついたら、自動車は塀にぶつかって止まっていました。数日後から、頭痛、めまい、浮遊感、悪夢に悩まされて・・・病院では頚椎捻挫だそうです。念のためMRIを撮ったら頭に何か写っていると言われました。」

秋葉:「何が写っていたのですか?」

相談者:「わかりません。医師は事故とは関係ない、古い脳梗塞の跡?と言っていました・・。」

秋葉:「いずれにしても、自損事故で外傷性頚部症候群となり、神経症状が起きているのではないでしょうか?医師もそう説明していませんか?」

相談者:「いえ、私は事故を起したのではありません。恐らく、UFOに襲撃され、宇宙人によって頭にチップを埋め込まれたのかもしれません・・きっとそうです。」

 (ここでXファイルのテーマが流れる ♪)

秋葉:「(アブダクト=宇宙人による誘拐事件か!)  それでは、保険会社ではなく、宇宙人に埋め込まれたチップを取ってもらい、賠償請求をしましょう」

相談者:「はい、そうします。どこに連絡したら良いでしょうか?」

秋葉:「テレパシーでもう一度、UFOを呼ぶことです。」

相談者:「わかりました。ありがとうございます!」

秋葉:「お大事にして下さい。」

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 神経系統の障害は諸々の症状を包括的に判断します。例えば脳損傷となり、記憶障害が9級程度、めまいが12級程度、排尿障害が11級程度・・これらを併合せず、ひっくるめて総合判断で7級とするような・・。これは自賠責が労災認定基準の「神経系統の障害を労働能力の喪失程度から判定する」ことを基にしているからです。

 さて、本件盛りだくさんの障害を明らかにしましたが、高次脳機能障害まで立証し切れませんでした。まず、自覚症状(高次脳の場合、家族の観察)がどの程度なのかが出発点です。初回の本人面談で私は高次脳を予断しました。しかし、続く家族の観察から障害の表出が乏しく、最後まで疑問のままでした。つまり、本件は予断をはずしたようです。こうして高次脳未満は「高次脳崩れ」の12級13号確保が目標になります。  本件、提出書類から状態を見極めた自賠責・高次脳審査会の慧眼には恐れ入りました。  

12級13号:脳挫傷・14級9号:頬骨骨折・12級相当:味覚障害・13級5号:歯牙欠損・14級相当:嗅覚障害(50代男性・神奈川県)

【事案】

自転車で直進走行中、前走バイクが急転回し、衝突したもの。頬骨骨折により、顔面に神経性疼痛、嗅覚・味覚の異常も生じた。また、脳挫傷があり頭痛やめまいに悩まされる。その他、歯を数本折った。 リハビリ後も完全回復とならず、現場の仕事から内勤に転任を余儀なくされていた。

【問題点】

相談会で高次脳機能障害の精査を必要と感じた。早速、主治医に面談し各種検査を行ったが、家族からの観察に比して整合性のある結果とならかった。果たして脳障害はあるのか?迷いの中、作業が進んだ。

高次脳機能障害で一くくりにできれば良いのだが・・・高次脳が否定された場合、はっきりと数値に出る検査のない頭痛、めまい・ふらつき、顔面の痛み、これらを神経系統の障害としてまとめる作業となる。

【立証ポイント】

味覚・嗅覚はおなじみの検査を実施するのみ。歯については既存障害歯と事故で欠損した歯を分けて把握する必要がある。歯科医と打合せし、XP画像を預かり、専用診断書に記載頂く。 結果、味覚喪失で12級相当、嗅覚減退で14級相当とした。歯については事故前からの障害歯と新たに折れた歯を合計、現存障害として13級5号(本件の場合、併合ルールの優位により加重障害とならず)。 c_g_m_3 続きを読む »

 近時の臨床結果を踏まえ、あえて、テンソルを再評価してみましょう。   拡散テンソル画像とは

 近年、脳疾患に対する画像診断技術は著名な進化を遂げており、中でもMRIの拡散強調画像を応用した拡散テンソル画像(diffusion tensor imaging :DTI)が注目されている。DTIとは生体内水分子の拡散の大きさや異方性を画像化したものであり、従来の撮像法と比較して脳白質の構造変化を鋭敏にとらえることができる画像診断法である。主なパラメータとしてはfractional anisotropy(FA)が用いられており、さまざまな脳白質病変の評価に応用されている。またDTIにはfiber-tractographyという神経線維の走行方向を描出できる技法もあり、臨床や研究で多く利用されるようになってきている。

  びまん性軸索損傷に対する拡散テンソル画像の有用性

 高次脳機能障害や運動機能障害を有するにもかかわらず、従来の画像診断では異常所見を認めないDAI症例に対し、DTIで評価を行った自験例をいくつか紹介する。  

① MRI上明らかな異常を認めないが高次脳機能障害を有するDAI患者11名と、年齢をマッチングした健常者16名との比較、対象者すべてのDTI脳画像を標準化し、DAI群と健常群に分けてFA値の比較を行った。DAI群では、従来のMRIでは異常を認めないにもかかわらず、脳内の非常に多くの部位に散在性にFA値低下部位を認めた。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられる。   ② 23歳、男性:19歳時に交通事故で頭部外傷を受傷。記憶障害、注意障害、遂行機能障害等の高次脳機能障害を認めるがMRIで明らかな異常所見を認めない。しかしfiber-tractographyでは同年代の健常者と比較して能梁繊維、脳弓線維の描出不良所見を認める。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられ、高次脳機能障害の原因と考えられる。   ③ 37歳、女性:35歳時に階段から転落して頭部外傷を受傷。受傷時は記憶障害、注意障害等の高次脳機能障害を呈したが、リハビリテーションにより改善し、現在は高校の英語教師として復職している。しかし左不全片麻痺を認め、歩行のためには杖と短下肢装具が必要な状態である。MRIでは左片麻痺の原因となるような所見は認められない。しかしfiber-tractographyでは同年代の健常者と比較して錐体路の描出不良所見を認める。これはDAIによる神経損傷を描出している所見と考えられ、左片麻痺の原因と考えられる。

  ② 23歳の例 

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 今更ですが、高次脳機能障害認定の3要件は、

 1.画像所見 2.意識障害 3.診断名 です。    特に画像所見はCT、MRIで描出されていることが条件です。診断名が脳挫傷、硬膜下血腫、硬膜外血腫、くも膜下血腫、脳内血腫 等、局在性の損傷であれば、受傷部がCT、MRIで明確に描出されるでしょう。

 しかし、脳障害が疑われる患者すべてにその損傷が視認できるとは限りません。例えば、びまん性軸索損傷(DAI:deffuse axonal injury)のように、脳の神経線維の断裂は損傷が微細で、MRIでも描出が難しくなることがあります。その場合、多くのDAI患者は意識障害が伴いますので、意識障害にて脳障害を推定することになります。しかし、意識障害がない、もしくは軽度の場合、やはり画像所見を追求する必要があります。

 まずは、画像所見のおさらいをします。   【井田医師の意見陳述】    現在の画像診断の主役はCT、MRIであるが、画像診断において重要なことは、適切な時期にきちんとした検査が行われるということである。(中略)  拡散テンソル画像は脳内の神経線維に沿った水分子の拡散の動きを見ることによって神経線維の状態を推定しようとするものであり、病変の位置が特定できている場合には脳機能と病変の関係を見ることについて有益である。ただし、形態学的に異常がない微細な脳損傷の有無を拡散テンソルだけで判断することはできない。

過去記事から ⇒ 23年3月「高次脳機能障害認定システムの充実」から井田医師の意見

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 高次脳機能障害の依頼者様とは長い時間、二人三脚のお付き合いが続きます。最終的には弁護士による交渉や裁判で事故が解決します。これで一応業務は終了しますが、障害者手帳や福祉関係の手続きで何かとお付き合いが途切れません。当然、受傷から数年間の症状を見守り続けることになります。症状がやや好転する患者、増悪する患者。

spect 一般的に脳外傷による障害は一定期間を経ると「不可逆的」、つまり、改善はなくなります。したがって、安定期後のリハビリは”障害に対処する術をマスターする”ことを目標とします。先日の日誌で取り上げた、”記憶障害の患者がメモ帳を携帯する”手段が代表的です。また、脳の不思議に触れることですが、組織が壊れて活動しなくなった機能が違う部分で動き出す?「脳の代償活動」が起きることもあります。

 左図のように脳は大きく4つの部位に分かれ、それぞれ働きが分担されています。

 くも膜下出血で左脳がやられ、失語となった患者が訓練を続けた結果、再び話すことが出来るようになった例が少なからずみられます。その患者さんの脳をスペクト(脳血流検査)で観ると、右脳含め、複数の箇所が活発になっています。これは言語野が複数箇所に散らばっていることを示し、男性より圧倒的に女性にみられる傾向です。

   さて、私が担当した高次脳機能障害者の皆様はその後、症状はどうなったのか? 非常に気になることです。追跡調査をするまでもなく、追加の手続き等の相談で情報が入ってきます。

 おおむね、本人、家族ともに障害に慣れた成果でしょうか。日常の困窮点は対処法を工夫することでカバーできるようになっています。軽度の患者は理解ある職場で活躍しています。また、重い方は障害者雇用や福祉制度の活用でなんとか頑張っているようです。 c_n_10続きを読む »

 高次脳機能障害の症例でもっとも頻発するは「記銘力の低下」です。これは一般に「短期記憶障害」に分類されます。記憶障害の中でも、昔の記憶を失う「記憶喪失」ではなく、”新しいことが覚えられない”ことを指します。

 リハビリ病院では高次脳機能障害に関わる専門家、例えば言語聴覚士さんは「忘れることを防ぐためにメモ帳に記録する癖をつけて下さい」と指導します。これは、障害を改善すること目指すのではなく、障害に対処することを目標とした思考です。

 こうして多くの高次脳機能障害の患者は腰にメモ帳をぶら下げることになるのです。最近はスマホで代用できますが、やはり、忘れないうちにスピーディーに記録するにはシンプルなメモ帳スタイルが勝ります。

 メモ帳はもちろんどれでもいいのですが、人気はフランス製、RHODIA(ロディア)とのことです。これが今、障害者の中でヒット商品となり、全国的に品薄らしいのです。

2015062313450000(このメモ帳は依頼者さまにご許可を頂き、掲載しました)

 今春のドラマ「アイムホーム」で木村拓哉さんが使用した事が発端です。もはやメモ帳を必要とするすべての障害者必携の人気アイテムだそうです。

 このドラマの主人公は脳外傷(いえ、心因性かな?最終回で治るそうです)による高次脳機能障害とのことです。しかし、症状は高次脳では珍しい逆行性健忘≒記憶喪失を伴っています。また、ドラマを観ていた依頼者さんによると、相貌失認が象徴的に描写されていたようです。

相貌失認(そうぼうしつにん)…顔を覚えるのが苦手のレベルでは済まない症状は「相貌失認」と言われています。これは脳障害による「失認」の一種です。相貌失認では人の区別だけではなく、「笑っているのか、怒っているのか」など表情を読み取る観察力も失われることがあります。

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 医師が記載した診断書がすべてではありません。認知障害や記憶障害、注意・遂行能力障害は専門医の観察と神経心理学検査である程度、診断、数値化ができます。つまり、客観的な医証を揃えることが可能です。しかし、厄介なのは性格変化です。当然ですが医師はケガをする前の被害者の性格を知らないからです。     高次脳機能障害の患者で易怒性を発露するケースを多く経験しています。怒るようなことでもないことに激怒する、いったんキレると収まりがつかない、突然キレる、暴言、物に当たる、興奮して奇行を行う、人見知りが極端・・このような症状を示します。家族は事故前後の変化に戸惑い、または精神的に追いつめられていきます。実際、被害者が暴れだして警察を呼ぶような騒ぎに発展したり、対処する家族がノイローゼ気味になるなど、非常に危険な状況に陥るのです。これら家族の苦痛は医師や周囲の人にはなかなか伝わりません。

 多少の記憶障害、注意障害は事務処理能力の低下にとどまりますが、実は易怒性を含む、性格変化、情動障害が家族にとって一番深刻な障害なのです。高次脳機能障害の症状でもっとも大きな障害とさえ思います。これを立証する検査がまったくないわけではありませんが、家族の記載する「日常生活状況報告書」が重要な判断材料になります。そして、このA3二枚の書類だけでは到底書ききれない、家族の観察、エピソードを別紙に克明にまとめる必要があります。この作業が等級判定に非常に重要になるのです。家族と何度も何度も修正を重ね、完成させます。また、医師に診断書を記載していただく前にも家族の観察としてある程度まとめたものを示すようにしています。これは易怒性の立証にもっとも重要なプロセスです。お医者さんは24時間患者を診ているわけではないからです。まして診察や検査の時は割と大人しく、易怒性を発揮しない患者もいます。

 家族・医師と連携し、この易怒性をしっかり立証した被害者で3級の認定へ導いたケースがあります。逆に最近の相談例では易怒性が評価されず、わずかな記憶・注意障害で9級の認定となった被害者さんがおりました。家族はもちろん、私も悔しくてならないのです。  

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 ご家族と一緒に専門医のお話を伺う機会は多いものです。ある専門医はこう指導しました。    「障害を治そうと思ってはダメ、周囲がどう対処するか工夫をして。」    高次脳機能障害は不可逆的、根本的に治るものではありません。事故前後のギャップに家族は苦しみます。患者は・・家族からの不本意な指導に苦しむことになります。元に戻そうと葛藤すれば・・家族の心も潰れてしまいます。専門医は周囲が障害に慣れていくこと、上手に合せていくことを言っているのです。対処さえ心得えれば、多くのフォローが可能なはずです。映画からもいくつか示唆される場面がありました。   1、ボッジャという競技

 ボッチャは、ヨーロッパで生まれた重度脳性麻痺者もしくは同程度の四肢重度機能障がい者のために考案されたスポーツで、パラリンピックの正式種目です。ジャックボール(目標球)と呼ばれる白いボールに、赤・青のそれぞれ6球ずつのボールを投げたり、転がしたり、他のボールに当てたりして、いかに近づけるかを競います。(日本ボッジャ協会より)

 映画で初めて知った競技です。リハビリの延長から生まれたゲームのようです。介添え者と一緒に行う種目もあるようです。   2、脳性麻痺の漫才師

 この映画の出演で初めて存在を知りました。劇中でネタを披露しますが、ブラック過ぎて友人達は引いてしまいます。障害を笑いにする・・賛否両論ありますが、少なくとも”笑いとは常にタブーと背中合わせ”ではないかと個人的には思います。   3、リハビリの記録ビデオ

 受傷直後の昏睡・意識障害の状態~リハビリ訓練の記録ビデオを観るシーンがありました。リハビリ中は見当識障害がひどく、壮絶な映像が続きます。本人、家族にとって辛い記録と思います。それでも記録を残す意味を感じているのだと思います。私も自賠責審査や裁判用の記録ビデオを何本か作った経験から、目的は違えど、記録を残すことへの使命感を感じます。   4、心のバリアフリー

 このカップルを取り巻く家族、友人達が魅力的に描かれていました。健常者と障害者が集まって居酒屋で盛り上がるシーンがありましたが、このような場面が普遍的である社会が普遍的であるべきと思いました。     このように映画から初めて知ったこと、考えさせられることがいくつかありました。交通事故で高次脳機能障害となった場合、本人はもちろん、ご家族の困窮は当事者でなければわかりません。ある日突然であるが故、心の持ちようが難しく、家族だけでは本当にキツいのです。

 障害者との関わりには周囲の理解に負うことが少なくありません。私も常にご家族からお話しだけでも聞いて差し上げるようにしています。心が限界となったご家族から、夜中に電話があることもしばしばです。    できることは、より多くの人、社会全体で障害の存在を知ってもらうことが大事ではないでしょうか。映画やドラマは周囲の理解を向上させることに非常に役立つものと思います。 kitagawa   

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 DVDが発売されたので早速観ました。私が知る限り、主人公が交通事故で高次脳機能障害となったケース、この映画が初めてと思います。

dakisimetai]   映画は実話をもとにしており、先にテレビドキュメンタリーで製作されています。あらすじは高校生の時、交通事故で障害を持った主人公がタクシー運転手と出合い、結婚、出産をします。しかし、産後直ちに亡くなってしまいます。切なくも暖かい視点で物語は進みます。主演の北川 景子さんがとっても愛らしく、涙を誘います。映画を通して障害者を取り巻く環境、家族・周囲の人々の心情も描かれています。    職業柄、どうしても高次脳機能障害の症状を観察してしまいます。そこで事務所の補助者にも映画から、どのような症状があるか?学習として鑑賞を勧めました。今日の日誌はその答え合わせです。   (Q1)主人公からどのような症状が観察できますか?障害の種別とそれを伺わせる場面を挙げて下さい。    (A)1、左半身・片麻痺・・車イスを使用。左足関節を固定するための装具を装着しているので、足関節は用廃レベル。さらに、左足はやや内反していること、お茶を入れるシーン他で左肘に屈曲位が見られるので、痙性麻痺と判断できる。   2、短期記憶障害・・記銘力が低下しています。買い物に来て何を買うかを忘れてしまったこと、また買い物を書いたメモすら家に忘れていたことからうかがわれます。事故前の記憶は保たれているようで、薄れた昔の記憶は徐々に思い出すことができるようでした。   3、易疲労性・・家に送ってもらった後、疲れてすぐに寝てしまった場面から。ちなみに易怒性については、冒頭、施設のダブルブッキングのシーンや浮気を疑ってキレるシーンを検討するに、障害ではなく自然な感情、従来の性格と思われます。   4、相貌失認・・寺門ジモンさん演じる友人の婚約者の顔を忘れています。しばらく誰かわからない状態が続きます。   ※ 映画上、その表現は避けたと思いますが、ドキュメンタリーでは言語障害=ブローカ型と見受けられます。     (Q2)主人公の自賠責の障害等級は何級と読み取れますか?    (A)別表Ⅰ-2級。精神の障害は5級レベルですが、半身麻痺が包括して検討されるはずです。主人公は一人暮らしを強行していますが、定期的にヘルパーさんがきていること、母親が見守りをしていることから、随時介護には合致します。介護保険でも認定は問題ないでしょう。

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 どもる、滑舌が悪い、発音がおかしい、言葉が詰まってしまう・・・流暢に話すことができない運動性の失語(ブローカ型)、そして意味のない空疎な発言ばかり、質問に対して関係のない回答をする、言葉が出てこなく考え込む・・・感覚性の失語(ウェルニッケ型)、これら2つに大別される失語ですが両方が障害されるケースもあります。  両方が障害され、その程度も重篤であれば「全失語」となります。「あの・・」「ええと・・」「だから・・」等の言葉が多く、ようやく単語を単発的に発言するのが精いっぱいで、連続した文章として話すことができません。

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混合性失語:言語表出も聴理解も障害される失語群

  (5)全失語

・病巣:ブローカ野とウェルニッケ野を含む広範な病巣

・基本概念:非流暢な発話、復唱障害、重篤な理解障害

・頻発症状:発語失行、残語、再帰性発話  

(6)混合型超皮質性失語

・病巣:ブローカ野とウェルニッケ野を孤立させるような病巣

・基本概念:非流暢な発話、良好な復唱、重篤な聴理解障害

・頻発症状:反響言語、補完現象    

その他

  (7)伝導失語

・病巣:ブローカ野とウェルニッケ野の連絡を断つような病巣(弓状束など)

・基本概念:流暢な発話、顕著な復唱障害、良好な聴理解

・頻発症状:音韻性錯語、自己修正による接近行為、音韻性錯読、錯書  

(8)失名詞失語(健忘失語)

・病巣:多様だがブローカ野単独の病巣で起こることもある

・基本概念:流暢な発話、良好な復唱、良好な聴理解

・頻発症状:迂言

 

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20140311082718 本日の病院同行は長野県です。3月ですが昨夜の積雪で銀世界です。    病院では言語聴覚士の先生に言語のリハビリの同席許可を頂き、依頼者の失語について詳しく聞きました。そしてデータとしてSLTA検査の結果を持ち帰りました。

 さて、失語と一言で言っても奥が深いもので、学術的な分類と臨床上の分類で微妙に違いがあるようです。過去、高次脳機能障害で数例経験していますが、ブローカ型(運動性質後)とウェルニッケ型(感覚性失語)のどちらかに2分できました。しかし本件はブローカ、ウェルニケ双方が併存する混合型で、初めて遭遇するタイプです。再度、失語症の分類について整理してみたいと思います。

 熊本県言語聴覚士会の資料が大変わかりやすく、本文の参考にさせて頂きました。  

運動性失語:聴理解より言語表出が障害される失語群

  (1)ブローカ失語

・1861年にポール・ブローカがムッシュー・タンの脳を剖検して発見。

・病巣:ブローカ野+中心前回下部

・基本概念:非流暢な発話、復唱障害、自発話に比べ良好な聴理解

・頻発症状:発語失行、失文法  

(2)超皮質性運動性失語

・病巣:ブローカ野を孤立させるような病巣

・基本概念:非流暢な発話、良好な復唱、自発話に比べ良好な聴理解

・頻発症状:無言症、発話開始の遅れ、保続、声量低下    

感覚性失語:言語表出より聴理解が障害される失語群

  (3)ウェルニッケ失語

・1874年にカール・ウェルニッケが発見。

・病巣:ウェルニッケ野を含む病巣

・基本概念:流暢な発話、復唱障害、聴理解障害

・頻発症状:音韻性錯語、語性錯語、ジャーゴン、錯文法     (4)超皮質性感覚性失語

・病巣:ウェルニッケ野を孤立させるような病巣

・基本概念:流暢な発話、良好な復唱、聴理解障害

・頻発症状:語性錯語、空虚な会話、読解障害、書字障害

     まずは基本の2種を4分類で整理しました。(明日に続く)

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5、味覚・嗅覚・めまい・ふらつき

  ☐ 味がついているのに大量に醤油をかけて食べる

☐ 事故後、苦手で食べられなかった魚介類が食べられるようになった

☐ 足元にガソリンがこぼれているのに煙草を吸おうとしてライターを点火した

☐ 腐った果物を平気で食べている  

 これらは実際に担当した被害者さんの例です。ガソリンの強烈な臭いがしない、痛んでいる果物の腐臭や腐った味がわからない・・・大変危険な障害と言えます。多くの場合、味覚と臭覚の異常は併発します。

 味覚・臭覚は前頭葉に損傷を受けた場合に失われる感覚です。また頭蓋底骨折から嗅覚、味覚、視覚、聴覚に障害を起こすケースがあります。機械で例えるなら脳そのものの損傷の場合、それらの感覚を認識する「回路の故障」です。神経の損傷の場合は神経の伝達が絶たれる事を原因とします。これは「ケーブルの断線」ですね。    高次脳機能障害でこれらを多数経験しています。五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)が正常か、すべてチェックする必要があります。該当する障害について眼科、耳鼻咽喉科、神経科にて受診し検査をします。回路の故障かケーブルの断線か、原因の特定は脳外科ですが、臭いがしない、味がわからないといった障害の有無、程度の検査はそれぞれの専門科になります。 c_n_2 c_n_4 続きを読む »

4、情動障害、人格変化

   これも前日の注意・遂行能力の障害に同じく、元々の個性を考慮しなければなりません。性格が怒りっぽい人やわがままな人もいるので、やはり家族から聞かなければわかりません。些細な変化では主治医でも把握できないのです。  

☐ 些細なことでキレる

☐ 幼児に返ったように行動・発言が子供っぽくなった

☐ 人前で着替えを始めてしまう

☐ 好きなお菓子ばかりずっと食べ続け、他の食べ物に見向きもしない  

 「易怒性」と言って多くの被害者で経験しています。理由なく不機嫌になる人もおりますが、多くは電車で人の声が大きいとか、テレビのニュースの内容が気に食わない程度のことで、いつまでも文句を言い続けています。通常は理性で抑えられるようなことも我慢できないようです。

 幼児退行は認知症患者に多い例です。高次脳機能障害でも30歳になるいい大人が部屋をぬいぐるみで一杯にしたり、家族に甘えたりわがままを言うようになります。

 羞恥心が低下する、感情を抑えられずにすぐ泣く、気に入らないと物にあたる、これらは「脱抑制」に分類されます。一つのことに執着する「固執性」がみられることがあります。

 このように感情を理性で抑えることができず、より本能的になってしまうようです。   c_g_ne_92  

☐ 毎週のようにゴルフをしていたのに、家にあるゴルフクラブに見向きもしなくなった

☐ 猫好きで何匹も飼っていたのに、世話をしなくなった

☐ 明るくよくしゃべる人だったのに、無口で暗くなった

☐ 「誰かが私の財布を隠した」など、被害妄想がある

☐ 掃除、片づけをまったくしなくなり、部屋は散らかり放題。逆にずぼらだった性格が几帳面になり、神経質に掃除をしている

☐ いつも疲れていて家でゴロゴロ、居眠りが多い。突然、寝落ちする      「性格変化」は文字通り性格が変わってしまうことです。久々に友人が訪ねてきてもそっけなく、友人は「人が変わった?」ように感じます。私の経験では性格が陽気になった例はなく、多くは陰気、人見知り、悲観的になる傾向でした。

 極端に疲れやすい。これは肉体的な疲れというよりは精神的な疲れです。「易疲労性」に分類されます。この障害により職場や学校への復帰が困難となります。

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3、注意障害、遂行機能

 注意障害と遂行能力障害の兆候は重なる部分が多く、多くの場合、併発します。障害ではなく、そもそも飽きっぽい人、要領が悪い人がおります。元々の能力、性格かもしれません。やはり事故前後の比較が必要で、家族の観察を聞かねば判断できません。

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☐ 仕事を始めてもすぐぼーっとしてしまう。集中力がもたない

☐ お皿を洗っている途中で、テレビを観始めてしまう

☐ 窓の掃除をすると、ずっと同じところを拭いている    注意障害とは集中力が極端に低下します。したがって脈絡のない行動にでたり、会話もまとまりがなく、話が飛びがちです。同時にいくつかの作業を進めることができなくなります。また逆に一つのことに固執してしまうこともあります。これでは仕事や勉強も長続きしません。

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☐ 旅行の計画はおろか、スケジュールを組むことができない

☐ ...

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2、視覚認知機能、失認、失行

  ☐ 歩いていてよく左肩をぶつけませんか?  

 左目が見えないというより左目に映る映像を認識できない状態です。これは「半側空間無視」です。圧倒的に左側に問題が生じます。通常、人は眼に映った情報を脳で解析しています。しかし脳の解析システムが故障することよって、映るものが認識できない状況に陥るのです。したがって当人は見えてないことすら自覚できません。コブクロのギターを持っている方しか見えない?状態です。

 以下の兆候がないか家族から聞き取る必要があります。

・ 食卓に並んだいくつかのおかずの皿から右半分しか箸をつけない ・ 片側から話しかけられても反応しない、片側に人が立っていても存在に気づかない ・ 家の絵を描かせると片側半分だけしか描かない

   c_n_62  

☐ 右手を出してと言われて左手を出したり、よく左右を間違えませんか?  

 左右の側頭葉のどちらかが損傷した被害者で数例、経験しています。左右が定かではなくなり、よく右と左を間違えます。一般に「左右失認」と呼ばれています。些細な事のようですがこの障害から様々な場面で判断力が低下する傾向があります。  また病院内で一回廊下を曲がると帰ってこれない、自分の位置に混乱をきたす「空間認識能力の低下」などは右側頭葉の障害で経験があります。  

☐ 主治医の顔、もしくは新しく会った人の顔を覚えられないなどありますか?

   顔を覚えるのが苦手のレベルでは済まない症状は「相貌失認」と言われています。相貌失認では人の区別だけではなく、「笑っているのか、怒っているのか」など表情を読み取る観察力も失われることがあります。

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 お待たせしました。被害者さんと家族に症状の質問を始めます。

1、記憶障害

c_n_7   ☐ 昨夜、夕食は何を食べましたか?事故以来、物忘れがひどくなっていませんか?  

 高次脳機能障害患者の80%に記憶障害があると報告されています。それは昔のことが思い出せない「逆向性健忘」と新しいことが覚えられない「前向性健忘」に大別されます。逆向性健忘とは以前の記憶が失われる記憶喪失の一種です。前向性健忘とは記銘力(そもそも物事を覚える能力)の低下です。  

☐ カップラーメンにお湯を入れてそのまま・・このようなことはないですか?    問題なのは「うっかりお湯を入れたのを忘れていた」との反応ではなく、「誰がお湯を入れたの?」とまったく覚えていないことです。これは前向性健忘でもさらに直前のことも覚えることができない「ワーキングメモリーの喪失」です。暗記力そのものが低下するので、カードの暗証番号が覚えられない、新聞を読めない、足し算も2桁になるとできなくなることもあります。  

☐ 家族全員の名前、主治医の先生の名前、飼っているペットの名前が言えますか?

 確実に覚えているはずのことも、少し考え込んだり、間違ったりする・・・これは単なる度忘れなのか否か?家族の判断を聞く必要があります。これは「固有名詞失名辞」と呼ばれ、失語症の方に併発するケースが多いようです。人名、地名、固有名詞が想起できない、つまり意味や関係性はわかっているが言葉として出てこない状態です。  ひどいと認知機能の障害に分類されます。認知機能の障害は痴呆のように明らかな知能低下の症状が現れますので、ここでしっかりチェックせずとも見逃されることは少ないと言えます。

 固有名詞失名辞20140219_0001続きを読む »

 昨日に続き、チェックを進めます。  

(2)面談前チェック

 いよいよ高次脳機能障害の相談者が事務所に来所しました。症状の質問に入る前に前提条件があります。他の障害にはない独特なものです。  

☐ お一人でいらしたのか、家族のみでいらしたのか  

 高次脳機能障害の方の多くは病識がありません。病識とは「自分がケガで障害を負っているという自覚」です。2級の重篤な被害者でも「家族からおかしいと言われています」程度の自覚しかなかったケースもあります。多くの場合、本人は回復したと思っています。したがって家族の方からお話を伺わなければ障害の有無・程度がわからないのです。またご家族の方だけ相談にいらした場合でも、本人の様子を観察する必要から、改めてお連れいただくか、外出が難しい方の場合はご本人に会いに行く必要があります。  

(3)面談での観察

 普通の交通事故被害者から法律相談を受けるのとはまったく違います。障害を見抜く観察力が必要であることを肝に命じて下さい。(高次脳機能障害を見逃した弁護士を何人も知っていますよ!)  

☐ 被害者の話し方を観察します。    ここで言語機能に関する障害をチェックします。言語障害、失語などと呼ばれる症状ですが、高次脳機能障害では以下の2種が代表的です。   1、運動性失語…左前頭葉のブローカ領域の損傷。

 話し言葉の流暢性が失われます。したがって極端にゆっくり話す、どもりがち、滑舌が悪い、言葉が出てこないで考え込むなどが表れます。  

2、感覚性失語…左側頭葉に位置するウェルニッケ領域の損傷。

 流暢性は保つものの、言い間違いが多く、発言量の割に内容も乏しくなります。同じことを繰り返し話す、話しが回りくどい、意味不明な事を話す、質問と答えがかみ合わない頓珍漢な会話となります。   20120404  

☐ 態度を観察    些細なことで激高する、ムッとする、わずか10分の面談でも疲れ切ってうなだれてしまう、気が散ってキョロキョロ見回す、子供のように家族に甘える…だんだんおかしな態度が現れてきます。「易怒性」、「易疲労性」、「集中力の欠如」、「幼児退行」などを疑わねばなりません。これは後述の情動障害、行為障害、人格変化で再度、質問項目を挙げます。  

☐ ご家族から日常生活でのエピソードを伺い、ギャップを抽出します。  

 失語や態度で何か異常を感じたとしても、元々ケガをする前からそのような方もいますので、ここで家族の意見が重要となります。ケガをする前との比較は家族しかできません。つまり「この話し方は事故からですか?」、「事故前から怒りっぽかったですか?」と家族に追質問する必要があります。    相談を受ける弁護士のみならず、主治医でさえケガをする前の被害者を知らないのです。主治医は24時間患者と生活を共にし、観察しているわけではないのです。限られた診断時間では些細な変化に気付かないことは無理もありません。まして一見普通に歩き、普通に話す患者には「もう治った、障害がなくてよかった」と断定してしまう医師もおります。慎重に家族からの聴取をしなければ医師とて見逃す、繊細な障害なのです。

 具体的な症状のチェック項目は明日に。

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 3月1~2日東京、29~30日大阪で弁護士向け研修会を実施します。今回は「実戦力」がテーマです。実際に被害者が事務所に相談に訪れた時に的確な対応ができるかを訓練します。  先駆けて今日から高次脳機能障害のチェック項目について概要を押さえていきましょう。  

(1) 事前チェック (書面チェック)

 相談者から基本的な事故情報を事前に聴取、できれば書面で確認します。高次脳機能障害を予断する場合、以下の3項目が必須の情報となります。  

☐ 診断名は?

 傷病名が脳挫傷、びまん性軸策損傷、びまん性脳損傷、急性硬膜外血腫、急性硬膜下血腫、外傷性くも膜下出血、脳室出血であること。   骨折後の脂肪塞栓で呼吸障害を発症、脳に供給される酸素が激減した低酸素脳症も含みます。

 では逆に危険な診断名を挙げます。頭部打撲、頭部挫傷、脳震盪、頚椎捻挫・・・これらの診断名をもって脳障害の症状を訴えても、障害とは認定されません。そしてMTBI(外傷軽度脳損傷)が診断されても、自賠責保険・労災は高次脳機能障害とは認めません。臨床上そのような症状が報告されていますが、行政上では存在自体を疑問視されており、はっきり区別されています。

  ☐ XP、CT、MRIの画像で確認できているか?

 受傷直後に急性の血腫が生じた場合は明確に画像が残ります。それは局所性の損傷として重要な画像所見となります。さらにMRIのT2フレアで脳萎縮、脳室拡大の進行が時系列で描出されていれば決定的な画像所見となります。  びまん性脳損傷の場合は点状出血を探すことになります。微細な出血は見逃される危険性がありますので、精密なMRI検査(DWI:ディフージョン)が望まれます。時間が経ってしまった場合はT2スターなどを追加検査する必要があります。    このように「どのような脳損傷の形態か?」を把握し「どの時期にどのような画像検査をすべきか?」これを相談者に指し示すことができなければ取り返しのつかないことになります。つまり画像所見がないために障害が認められなくなってしまうのです。

  ☐ 頭部外傷後の意識障害が少なくとも6時間以上続いていたか?もしくは健忘症あるいは軽度意識障害が少なくとも1週間以上続いていたか?

 意識障害(半昏睡~昏睡状態で呼びかけに開眼・応答しない状態)、JCSが3~2桁、GCSが12点以下の状態が少なくとも6時間以上続いていること。  または軽度意識障害としてJCSが1桁、GCSが13~14点の状態、もしくは健忘症が少なくとも1週間以上続いていることが認定要件となっています。

 通常、脳に器質的なダメージが加われば意識障害の状態に陥ります。意識障害も程度の差があり、完全に意識が喪失している場合、朦朧とした状態が数時間~数日続く場合があります。明確な画像所見があれば、障害の存在は否定されません。しかし画像所見が不明瞭、もしくは脳萎縮・脳室拡大の器質的変化が乏しい場合は、意識障害の有無・度合いが脳損傷の有無を推定させる一つの要素となります。

 相談を受けた法律家は画像所見が決定的ではない場合、画像の追加検査はもちろん、なるべく急ぎ、「頭部外傷後の意識障害についての所見」(専用診断書)を初診の病院に記載依頼して下さい。救急救命科で記録してあるはずですが、命を左右する場面で正確な記録が脳神経外科に引き継がれていない危険性があります。また事故から時間が経っていれば、主治医の転勤等でカルテの記録(ものすごく達筆)しか残っておらず、正確な数値が曖昧となってしまうことも多々あります。急がなければならないのです。

 画像も不明瞭、意識障害もなし・・・万事休す。障害は否定されます。

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 昨日につづいて、実例をお話ししましょう。  

変なおじさん

 

 私が中学生の頃、通学路に昼間から働くでもなし、ふらふらしているおじさんがいました。おじさんといっても20代後半くらいでしょうか。おでこにケガの跡があって、いつも意味不明の言葉を通行人や通学中の小中学生に話しかけています。そうです、「変なおじさん」です。

 心配する生徒の父兄が、町内会に問い合わせをしたそうです。変なおじさんの正体が判明しました。何でも、交通事故で頭を打って、体は回復したのですが、精神に障害が残ってしまったそうです。仕事に復帰できず、ご家族で面倒をみていたようです。気ままにふらふら近隣を歩いているようですが、他人に迷惑をかけることはないとのことです。今思えば、変質者や認知症患者とは違う様相でした。その後、学生・学童に何かしたわけでもないので、「変なおじさん」は「可哀想なおじさん」に変わりました。    このおじさんの障害について、私なりの見立てでは、まず見当識、認知能力に問題があり、軽度の言語障害(ウェルニッケ型)、遂行能力の低下、注意障害もあるはずです。おそらく性格変化(羞恥心の欠如、易疲労性)もあるかと思います。記憶障害、その他の障害についてはわかりません。これだけでも、高次脳機能障害5級以上は明らかです。    当時は「「高次脳機能障害」という診断名はなく、単に、「外傷性精神障害」などと診断されていました。行政における、つまり自治体の補償・福祉制度や労災は未整備で、自賠責保険の審査基準も未熟だったはずです。自賠責保険で高次脳機能障害の審査会が設置されたのは平成13年です。それまでは単なる脳外傷と扱われ、治癒後、精神障害の残存について、審査が徹底されていなかったかもしれません。多くの脳神経外科でも新しい分野であり、神経学的検査の方法なども周知されていなかったと思います。

 おそらく見た目(頭や体)のケガは治ったので、悲しいくらいの賠償金、もしかしたら後遺障害すら認定されていなかったのかもしれません。    これは昭和の話ですが、最近の数年間でも見逃された例をいくつか経験しています。これは明日に。    ⇒ やっぱり見逃されていた高次脳機能障害  

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