この裁判は、弁護士と行政書士が直接、真っ向から争ったものです。ただし、この裁判の本筋は、”交通事故事件を受任した弁護士が、自賠責保険請求に関する諸事務を行政書士に委託し、その報酬をめぐって”の争いです。

 要するに、弁護士が約束した報酬を払わないので、行政書士側が訴えを起こしたものです。問題は、相互に相当数の案件の委託関係が続いていたところ、個々に委託契約書を巻いていなかった点です。信頼があったのかもしれませんが、しっかり契約書を残さなかった行政書士に(紛争化を回避できなかった点で)落ち度は否めません。したがって、裁判ではお互いのメールやその他書類を基に、「委託契約はあったのか」「いくら払うのか」を事実認定する審議が延々と続いたようです。

 弁護士は当初、「そのような契約はない」と臆面もなくしらばっくれましたので、行政書士側が事実の立証に2年以上も費やすことになりました。この弁護士はあれこれ反証を尽くしましたが、事実をねじ曲げることなどできようもありません。請求額の全額回収に及ばずとも、ほぼ行政書士の勝訴とみえます。

 紛争自体は、よくある他愛もない業者同士のもめ事のようです。しかし、この弁護士さん、さすがに事実を曲げることに窮したのか、裁判官の心象(悪化)を感じてか、途中から契約の存在を認めるも、「この行政書士の自賠責保険業務は非弁護士行為である」、よって、「非弁行為で違法だから、報酬請求権は公序良俗に反して無効」と、主張を一部切り替えました。なんと、今まで散々自ら業務を委託しておいて、報酬を払う段になって「非弁行為だから払いません」との理屈です。おそらく裁判官もびっくりだったと思います。これも法廷戦術?なのでしょうが・・弁護士先生でも色々な考えの人が存在するものです。

 ともかく、そのような審議での注目は、行政書士の扱う自賠責保険業務について、適法である為の具体的な指標、線引きが成された点です。この部分だけでも、この面倒な裁判の価値はあったと思います。 以下、判決文から該当部分を引用します。
 
平成28年(ワ)第23088号 報酬請求事件(平成30年12月19日判決言渡) 
 
 ・・・法律事務所の事務員その他弁護士でない者を履行補助者として使用することは、当然に許容されているものというべきところ、非弁護士の行為が補助者としての適法行為であるというためには、法律事務に関する判断の核心部分が法律専門家である弁護士自身によって行われ、かつ、非弁護士の 行為が弁護士の判断によって実質的に支配されていることが必要であると解するのが相当である。

 これを本件についてみると、これまでに認定、判断したところからすれば、本件各委託契約を含む原告と被告の間の本件委託関係(ただし、「サブコン形式」(※1)によるものに限る。以下、本項において同じ。)において、

 被告(弁護士)は、➀ 原告(行政書士)に対し、交通事故の被害者や主治医との面談、医療記録の検討を通じて交通事故の被害者の状況を把握した上で、医師に対し、後遺障害診断書、日常生活状況報告、意見書等の書類の作成依頼をし、あるいは、交通事故の被害者において有利な後遺障害等級認定を得させるために必要な助言指導等をすることを委任し、

② そのような事務処理を通じて原告が作成・収集した資料(なお、原告が被告から作成を任された資料は、自賠責保険会社に対する被害者請求や損害賠償訴訟における後遺障害の認定に当たって一般的に用いられるものが中心であり、また、本件被害者4に関するビデオの作成については原告と被告と間でその方針が共有されていた甲204~206、弁論の全趣旨)ように、原告は、被告の意向を汲んでそのような資料の作成に当たっていたものと考えられる。)や、被告自らが収集した資料を被告において、取捨選択し、自賠責保険会社への被害者請求を行い、あるいは、損害保険料率算出機構及び自賠責損害調査事務所に後遺障害の等級認定を求め、

③ その後、必要に応じて、後遺障害認定についての不服申立ての手続、任意保険会社との示談交渉、事故の相手方に対する損害賠償請求訴訟の提起等の手段を講じることによって、被告と委任関係のある交通事故の被害者についての損害賠償金の回収を図っていたものと認められる。

 そうすると、本件各委託契約を含む本件委託関係においては、自賠責保険会社への被害者請求、その後の不服申立ての手続、任意保険会社との示談交渉事故の相手方に対する損害賠償請求訴訟の提起といった法律事務に関する判断の核心部分が法律専門家たる弁護士である被告自身によって行われておりかつ非弁護士である原告の行為が弁護士である被告の判断によって実質的に支配されていたものというべきである。

 したがって、本件各委託契約は、弁護士である被告が、法律事務を処理するに当たって弁護士ではない原告を履行補助者として使用するためのものであると認められるから、これら契約につき、弁護士法72条に違反し、公序良俗に反するものとして無効であるということはできない。

 

 この判決から、二つのキーワードが明示されました。冒頭の赤字「法律事務に関する判断の核心部分が弁護士自身」、かつ、「非弁護士の 行為が弁護士の判断によって実質的に支配」です。

 すると、弁護士からの委託による自賠責保険業務を行う行政書士は、この二つの要件が満たされれば、普通に履行補助者に該当します。弁護士法72条:非弁行為に当たらず、弁護士法27条:非弁提携(※2)違反にもなりません。立場による解釈の分断など起きない程に、具体的な審議がなされ、要件も明示されたと思います。

 ただし、行政書士が単独で自賠責保険業務を受任する場合は別となります。行政書士による単独受任の場合は、また、別の判例を待つことになるでしょうか。法津事務に手を付けないよう、十分な注意が必要であることはこれまでと変わりません。もし、単独受任した行政書士の業務が賠償請求行為に及べば、(自賠責保険業務まで含んだ)非弁行為のレッテルは免れず、昨日の記事:平成26年6月高裁判決の二の舞となります。
 
 
 現在も、新規の弁護士事務所から秋葉事務所に交通事故の医療調査、とくに自賠責保険手続きのご依頼が時折入っております。これからは、非弁提携の心配から躊躇していた先生はもちろん、交通事故を主業としていない先生、あるいは特殊事案で助力を欲っする先生こそ、この判決を拠り所に、安心して秋葉事務所を使っていただけると思います。
 
 
 最後に、この裁判の原告:行政書士は私、秋葉です。本来争いごとは大嫌いで、裁判など一生無縁と思っておりました。大勢の弁護士先生と仕事をしましたが、連携先の業者ともめたのは、後にも先にもこれ1件のみ、今後もまず無いでしょう。まぁ、珍しい先生に当たってしまったものです。相手にしなくてもよかったのですが、報酬の回収は元より、せっかくの(判例を取る)機会ですから、途中からは他の交通事故行政書士にとって、すっかり真っ暗になった業際を照らす街灯にすべく、ぶつくさ愚痴を言いながらも働きました。もちろん、裁判を起こすからには絶対勝たねばなりません。
 
※1 弁護士が事案を受任し、弁護士から下請け(委託契約)で行政書士に業務依頼する形式。私達の中での俗称です。

※2 弁護士が、弁護士の名を借りて非弁行為を行うものとの業務提携や、仕事の周旋を受けることを禁ずる法律