またしても学説の対立です。人身傷害を先に請求し、後に賠償金を受け取る場合の求償のルールについては「差額説」で決着しました。しかし、先に賠償金を取得した後から人身傷害を請求した場合、以下、どちらの基準かによって損得が生じてしまうのです。
 
 自社基準の損害総額から矢口さんの過失分(人身傷害保険金)の算定をすることを「人傷基準差額説」と呼びます。相手との裁判で決まった賠償金総額を認め、その額から矢口さんの過失分(人身傷害保険金)を算定するのが「訴訟基準差額説」です。
 

訴訟基準差額説

 両会社賠償過失 訴訟基準差額説banzai
TUG損保の賠償金800万円 +  加護火災の人身傷害200万円 =  1000万円  「やった!」

 TUG損保が算定した(裁判で決まった)総損害額を加護火災も認めますので、加護火災は矢口さんの過失分の全額を払います。

 

人傷基準差額説

 両会社 ⇒賠償過失 人傷差額説20140508_8
TUG損保の賠償金800万円 +  加護火災の人身傷害100万円 =  900万円   「え~っ?」

 加護火災は約款に乗っ取ってあくまで自社の算定基準を総額とし、TUG損保と後藤弁護士の交渉で決まった額を無視します。賠償額が加護火災の算定基準(人身傷害基準)より高額となった場合、ほとんどのケースで契約者が不利となってしまうのです。

 
 「人傷基準差額説」を主張する加護火災は、先日も触れました6条(1)の規定を盾にしています。 

第6条 損害額の決定

(1)当社が保険金を支払うべき損害額は、被保険者が傷害、後遺障害または死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、それぞれ別紙に定める算定基準(以下「算定基準」といいます。)に従い算出した金額の合計額とします。

 
・・加護火災が裁判基準の総損額額を認めるのはあくまで求償の場合だけで、この規定通り過失分を請求すると、未だに支払いルールは自社基準なのです。一方、損保ジャパン他、約款改定の速い会社は、6条後段で「裁判で総額が決まったら、その額を認めます」と付け加えてありますので、裁判をすれば「裁判基準」で差額を算定してくれます。

 「差額説」vs「絶対説」の争いで「差額説」有利の風潮の中、各社の約款は「人傷基準」の差額を払うのか、それとも「裁判基準」の差額を払うのかで揺れました。求償に関しては、「差額説」判決後、ほぼ全社「訴訟基準差額説」で異論なく、次々と約款改定しました。しかし、先に賠償金を取った後に人身傷害を請求した場合、加護火災主張の「人傷基準差額説」が根強く残っているのです。 
  
 「人傷基準差額説」で問題なのは、同じ保険なのに請求の順番によって損得が生じてしまう問題です。しかも双方の差は決して少なくありません。矢口さんの100万円も大金ですが、もし、矢口さんが介護を伴うような重度の障害で賠償金が1億だったら・・最終受取金の差は1000万円になります。これは大問題です。

 つづく