(5)紹介料を収入とすることに行きつくことは・・自然かもしれません 参入者が増えるほど価格競争は激しくなり、単価が下がり続けることは世の常です。まして、資格や特別な技術・知識なしにできそうですから(すみません、そう思っているだけです)、過当競争は目に見えていたと思います。そして、会社と折衝が生じれば、依頼者は自分でやるしかありませんから、先に退職を伝えてもらう依頼だけで数万円払ったら、ほぼ無駄となります。さらに、会社と紛争に発展すれば、改めて弁護士を雇うことになり、やはり代行会社に払ったお金は無駄になります。
代行会社が、代理行為に手を染めずに真面目に仕事をすれば、かなりの薄利、受任件数の割に利益乏しい仕事になります。そして、依頼者のニーズと共に利益性の高い交渉業務は、弁護士の仕事と収益に流れます。したがって、仕事を紹介した弁護士から何等かのバックが欲しいと思う事は、経営上むしろ自然と思います。
メッセージを伝えるだけの軽易かつ薄利の業務ですから、紹介料をあてにしなければならないほど逼迫した現場だったのかもしれません。それでも、法律順守の中で弁護士と仕事をしていかなければならない・・これは弁護士と提携している業者共通のコンプライアンスなのです。 (6)話を戻します。そもそも、退職代行業は必要か・・ やはり、一言辞めると言って済むならまだしも、会社ともめる場合は最初から自分で折衝するか、案件が難しいものであれば弁護士に任せることになります。仮に折衝がなく簡単に退職できるケースでも、お金を払ってまでも代わりに言って欲しい・・なんとも弱気というか、自分で自分のケツもふけない(下品な言い方ですみません)、とても心配な人に思えます。私の結論ですが、このような業務があることは仕方ないと思う一方、想像以上に大勢が利用する風潮に不安を覚えるのです。日本中、そんなに弱っちい人、いえ、繊細な人が多いのか・・と。
数カ月前、ある懇意にしている社労士先生に、退職代行業について質問しました。やはり、顧問先でも、代行業による退職の申し出がぽつぽつあったそうです。顧問先の社長に対して、その先生は言うそうです。「良かったじゃないですか、自分でけじめをつけられない、そんな奴さっさと代行業を介して辞めてもらった方が良いですよ」と。
厳しい物言いですが、代行業社を利用するしかない事情の方も存在すると思います。退職代行業に社会的な必要性がないとは言いません。ただし、今回の警察沙汰によって、紹介料は厳しく監視されると思います。薄利が続く中、少なからず代行業は撤退、あるいは縮小すると予想します。また、もし私が会社の人事担当であれば、転職者の面接で「前職を辞めた理由と共に、退職代行業を利用したか否か」を必ず質問すると思います。

(1)退職代行業って流行っていたんだ・・
退職を誰かに任せたい、そんなニーズがあるのですねぇと思っていました。ところが、ニーズはわずかではなかったのです。また、「会社辞めます」と電話や手紙を出すだけの仕事です。こう言っては失礼ですが、ノウハウなどいらないような非常に簡単な仕事です。最初、このようなユニークな(?)仕事で、経営が成り立つのかな?と疑問視したものです。ところが、近年の隆盛を見ての通り、全国規模の法人がいくも立ち上がりました。これは(商売っ気の弱い)私の想像を超えたものでした。
(2)退職代行業は非弁護士行為(弁護士法72条)か?
ある代行業社の公式サイト、そのQ&A「退職代行って違法なの?」との問いに対して、「弁護士以外が交渉を行えば違法になります。当社は「通知」に徹しているため、違法性は一切ございません」との回答が掲載されています。「交渉」とはすなわち法律業務を意味しますが、「会社を辞めます」という意思表示をだけなら、片面的な行為(一方からの通知だけ)なので、弁護士法で禁じられている「代理行為」には及ばないことになります。したがって、合法となります。
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(このジャケットで初めて顔を見ました)
(選手名は敬称略)奥 大介は1976年2月7日生、兵庫県尼崎市出身のJリーガー、現役時代のポジションはミッドフィールダー。日本代表にも選出されています。
今では信じられないことですが、1950年代までのハリウッドでは、20代前半の若手スターなど、ほとんどいなかったのです。若者が主人公となる映画は無きに等しかったと思います。名だたる二枚目俳優は若くて30代後半、ほとんど中高年でした。ロック・ハドソン、クラーク・ゲーブル、ケイリー・グラント、ジェームス・スチュワート・・もう、おっさんばっかりです。そのおっさん達が、親子ほど年の離れた若手女優とくっつく話ばかり。1953年公開、「ローマの休日」のグレゴリー・ペックは当時37歳、オードリー・ヘップバーン24歳と一回りの年齢差ですが、これでも年齢が近い方です。そう、映画は大人のもの、だったのです。
そのような中に、粗削りで未完成だが憂いのある若手スター、ジミーが誕生したのです。50年代のアメリカにおける尾崎 豊とでも例えましょうか・・それは、衝撃的なデビューだったようです。「エデンの東」、「理由なき反抗」、「ジャイアンツ」有名な3部作を残しました。
「ジャイアンツ」の撮影終了からわずか1週間後の1955年9月30日、彼はサーキットに向かう途中で、交差点の出会いがしら衝突によって亡くなりました。日本での映画公開は死亡後だったそうです。享年わずか24歳、永遠のスターになったのです。
本日はサボり記事ですみません。
ブラックは3人組のバンド名で、本名はコリン・ヴァーンコム、1962年生まれのイングランドのシンガーソングライター。1981年、リヴァプールでデビュー。1986年にようやく「ワンダフル・ライフ」が世界的ヒット。
事故状況は詳しく報道されていません。2016年1月12日、アイルランドのコーク空港付近にて、交通事故に巻き込まれて昏睡状態となり、1月26日に死去、享年53歳でした。
ワンダフルライフ 👉
1941年(昭和16年)生まれ。東京都中央区日本橋の出身です。ドリフターズではサイドギターでした(リードギターはブー、ベースはいかりや、カトちゃんドラム、荒井 注さんは覚えてない・・ので調べたらキーボードでした。ほとんど弾けなかったようですが)。仲本さんはビートルズで言うとジョン・レノンのパートです。1966年6月武道館、ビートルズの前座としてドリフは『ロング・トール・サリー』を演奏、仲本さんがヴォーカルでした。その後、バンドよりコメディグループとして、1969年より「8時だよ全員集合!」放送開始、そのお化け番組で大ブレイク、1982年まで放送されました。
事故は、2022年10月18日午前9時12分頃、横浜市西区浅間町5丁目の信号機のない交差点を横断中、ワンボックスカーにはねられ、緊急手術となりましたが、最後まで意識が戻ることなく、翌日に亡くなりました。診断名は急性硬膜下血腫、享年81歳。
事故場所は、歩行者横断禁止となっています。高齢者の横断中事故は多いものです。歩行者に責任のある横断禁止道路であっても、直進する自動車は気を付けなければなりません。
詳しくは以前の記事から 👉 
イギリス貴族スペンサー伯爵家の令嬢として誕生。チャールズ皇太子と1981年7月に20歳で結婚も1996年8月に離婚。常にゴシップに追われ続けた生涯については、マスコミ報道でご存知と思います(私はまったく興味がありませんが)。
近年は、浦沢 直樹さんの「20世紀少年」でリバイバルでしょうか。T・レックスの「20センチュリー・ボーイ」がタイトルになっています。映画でもそのまま曲が使われていました。
マーク・ボランの事故は自損事故ですが、オカルトじみています。若い頃にフランスで魔女と一緒に暮らしていたというボランは(ほんまかいな?)、その魔女から「若くして成功を収めるが、30歳までに血まみれになって死ぬだろう」と言われた事を語っています。
年配の洋画ファンではおなじみのハリウッド女優、1950年代の活躍ですから親の世代のスターです。学生時代、VHSビデオでヒッチコック作品は、ほぼ制覇しています。とくに、グレース・ケリー出演の「裏窓」、「ダイヤルMを廻せ」は、お気に入りです。後世のサスペンスものに絶大な影響を与えたと思います。三谷 幸喜さんの脚本による「三谷劇場」、その狭い空間でのドラマや、シチュエーションコメディの手法は「裏窓」、あるいは「ハリーの災難」の系譜と思っています。「裏窓」はヒッチコックの個人的ベストで、10年に一度は繰り返し観たい作品です。ブルーレイ買おうかな。

「ロックミーアマデウスの」と言わなければ、誰だ?となってしまう、オーストリア人のロックシンガーです。本名はヨハン・ヘルツェル、元はバンドのベーシストです。ソロ転向後、1986年の「ロックミーアマデウス」が世界的ヒットとなりました。翌年、高校生の私は来日コンサートに(NHKホールだったかな?)行きました。オーストリア人が米ビルボードチャートで1位になったのは・・ファルコだけと思います。当時のドイツ語圏において、ラップ、ヒップホップの先駆けとなるヒット曲でした。この曲のドイツ語ラップが、英語では卑猥な言葉に聴こえる点がウケたとも言われています。
世界的成功の後、彼はドミニカ共和国に移住しています。そして1998年2月6日、サント・ドミンゴ、プエルト・プラザの高速道路にて、三菱パジェロを運転中にバスと衝突、頭部外傷にて亡くなったそうです。血中からアルコールとコカインが検出されたとも言われています。遺体はウィーンに戻って埋葬されました。音楽活動から遠のいた時期でしたので、静かなニュースだったと記憶しています。
たまに思い出したように観たくなるビデオクリップです。
youtube 👉
山形県の新庄駅から車で30分、穏やかな山里に3軒の宿が連なる羽根沢温泉にちょっと1泊しました。観光地と呼ぶには程遠い、温泉の為の温泉地でした。
本日は中秋の名月、東京は終日曇りでしたが、奇跡的に19:45にお月様が・・。
雲間にぼんやりと怪しげな輝き・・今年7月に亡くなったオジー・オズボーン「月に吠える」が思い浮かびまた。





