交通事故の相談の多くは物損事故です。過失割合、自動車の全損査定額、代車代、格落ち損害など・・これらは、ご本人にとって決して譲れない損害です。相手損保と折り合い付かず、そこで「弁護士を入れたい」との相談が多くなります。しかし、断言します。弁護士介入で劇的に効果が上がることは少ないのです。    物損被害は、修理見積や相場額、判例で示された過失割合など、すべての数字は根拠と共に証明書を提出することになります。例えば、人損の慰謝料や逸失利益など、交渉で上下する幅が少ないと言えます。もちろん、交渉の最終局面で「丸めて合計〇〇円で!」と、やや増額させることはあります。そこから弁護士によって大幅増額で大逆転など、めったにないことです。弁護士は魔法使いではありません。すでに、見積の数字で決着していると言えます。

 弁護士が介入したとして、相手損保のご担当は、「先生、これは法律で〇〇円と決まっていますよね」と釘を刺してきます。弁護士こそ、法律や基準、相場を基に交渉しているのですから、それらに拘束されてしまうのです。したがって、物損全般に弁護士の交渉の効果がそれほどないと言えます。いずれ、物損交渉にAIの判断を持ち出してくる未来が迫っています。

 それでも、被害者さんは、「弁護士に任せれば」と過度な期待を持ってしまうものです。対して、弁護士を入れても劇的に増額するものではないと説明します。むしろ、被害者自身が法律の埒外者ですから、「もう一声!」と増額を迫る方が効果がありそうです。

 実は日常的に、このような相談と回答が秋葉事務所の仕事の多くを占めています。そもそも、行政書士は賠償交渉に関与できませんから、弁護士を紹介することになりますが、紹介したところで期待に沿えない事の方が多いのです。被害者さんに「弁護士入れたとて・・」と、理解を求める相談に終始します。そして何より、「車両保険を付けないからこのような事態に陥ったのですよ」と、普段の保険設計で備えるようアドバスすることになります。車両保険の完備こそ、物損事故対策のセオリーと思っています。

格落ち損害・・・大衆車にはそもそも「格」がありません。 裁判したところでほとんど取れません。

 

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 秋田県のクマ出没数は例年を大きく上回り、毎日のようにニュースとなっています。行政側は駆除を最優先に進めざるを得ない状態です。そこで、行政側が抱える問題は、「クマさんを殺すな!」との苦情電話です。

 役所の皆さんのご負担は相当なもので、日常業務が手につかないほど時間を取られています。多くは建設的な意見ではなく、ほとんど感情的なクレームだそうです。クレームを言う人の深層心理を考えると、本人は社会正義の為と言いますが、実は単なる憂さ晴らし・・との分析を目にします。苦情者のほとんどは、近隣に熊が出没する住民ではなく、県外含め遠くの住人だそうです。ある意味、何らリスクのない部外者による、他人事の意見と言えます。結局、解決に寄与する献策などはなく、職員の疲弊だけが残ると思います。    

 交通事故の場合、保険会社に対するクレームの多くは事故相手となる被害者でしょうか。この点、純粋に当事者の意見となります。被害者意識からか、保険会社に対して怒りをぶつける人が少なくありません。ご相談にいらした被害者さんから、保険会社に対する不満をよく伺います。そして、本社に苦情電話をして、「担当者を交代させた」と得意気におっしゃいます。確かに、クレームを受けての担当交代は多いものです。

 保険会社にしてみれば、うるさい被害者を落ち着かせる為に、口調が柔らかな物わかりの良い年配者に代わって対処します。これで被害者の溜飲が下がれば安いものです。実は、最初は被害者の要求をけん制する為に強硬姿勢とし、反発が強ければ柔らかい対応へと、シナリオに沿って対応しているに過ぎません。では、担当者交代を含め、クレームが功を奏することがあるのでしょうか?

 検証すると、やはりトータルの賠償金支払いが劇的に上がるわけではありません。例えば、通院交通費の場合、最初はタクシー代をまったく認めない強硬な対応から、代わった担当者がやや認めることで、被害者に満足感を与えます。しかし、最終的には慰謝料など他項目を減らして帳尻を合わせます。多くの被害者は保険会社の解決までの全体的な計算など知らず、目の前の請求で騒いでいるだけです。保険会社と対峙する被害者さんこそ、この保険会社の組織対応と賠償金の計算内容・内訳を知るべきと思います。     かつて保険会社勤務の時、担当していたお客様が当て逃げの被害に遭いました。警察の実況見分中に加害者が戻ってはきました。後日、私から加害者に対し、加入保険会社を訪ねる電話をすると、加害者の母親が電話にでましたが、逆切れ気味で話がかみ合わず、任意保険の加入がはっきりしません。私も若かったこともあり、強い口調となりました。その後、その母は本社に秋葉に対するクレーム電話を入れたようです。ある朝、その件で支社長から「なんか、秋葉にクレームが入ったぞ」と声をかけられました。「すみません」と事情の説明を始めると、支社長は途中で遮り、「どうせ、こいつがアホなんだろ」と、叱責なくこの件は終わりました。組織の内部では、こんなものです。    苦情は、総じて建設的なご指摘や貴重なご意見は少なく、感情論であったり、暇つぶし、嫌がらせが多いようです。秋田県の職員さん達は大変かと思います。一方、ある意味、当事者で正当な苦情者となる交通事故被害者さんも、実は保険会社の掌で踊らされているだけかもしれません。  

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 事故で救急搬送され、病院のベットへ・・痛みはもちろん、思いもよらぬ急展開で人生の激震を味わう、これが交通事故被害者です。先々の不安が頭をよぎり、悶々とした夜を過ごします。誰かが、いち早く、今後の流れ、賠償金の見通し、解決までのロードマップを示す必要があります。そうしないと、不安とストレスは増すばかり、当然にケガの回復に触ります。

 本件も、佐藤が入院先に駆け付け、解決までの段取り・見通しを説明したことで、安心して治療に専念することができました。この初期対応こそ、ある意味、交通事故の仕事で一番大切なのではないかと思います。説明を続けると、被害者さんの顔がみるみる明るくなっていくからです。   安心を提供することが最初の仕事です  

11級7号:腰椎椎体骨折(50代男性・神奈川県)

【事案】

信号のない横断歩道を横断中、左から走行してきた自動車に衝突された。直ちに救急搬送され、即入院となった。直後から全身の痛みに悩まされる。   【問題点】

過失がないにもかかわらず、保険会社から労災(通勤災害)の適用を促されているが、勤務先の担当者が通勤災害に精通していないため、困っているというご相談であった。また、傷病名を伺っても誰も承知しておらず、今後の流れが分からず、不安というお声も頂いた。   【立証ポイント】

今後の方針を説明するために入院中の病院(個室)へ訪問し、詳細を聴取した。その際、入室してきた看護師さんに傷病名を確認していただくことができたため、予想等級や今後の流れを説明すると、ご本人・ご家族も安心されたようだった。幸い保存療法で問題ないお怪我だったため、しばらくは経過観察を続け、受傷から半年後に症状固定する方針とした。

最終診察時のレントゲンにて、癒合が完了したことを確認できたため、後遺障害診断書を依頼し、症状固定となった。申請時には事故当時と症状固定時の検査画像も添付したところ、ちょうど1ヶ月で11級7号認定となった。

その後、労災の障害給付申請もサポート(こちらも無事に11級5号認定)し、全方向から保険金を受給したことを確認し、本件終了となった。労災適用を渋る会社が少なからずある中、非常に協力的な会社であったため、全ての手続きがスムーズであった。  

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 解答は2つです。夜と昼では、見通しの良し悪しから割合が違います。   (昼) ① 車 70 : 人 30    (夜) ② 車 50  :  人 50     自動車から横臥者(四つんばい、座っているなども含む)が発見しやすいか否か、それが昼、夜の差になっています。したがって、夜でも明るい場所であれば、車60 : 人40 と、10%の修正が入ります。

 横臥者が眠っているか、泥酔しているかも問われそうですが、修正要素には書かれていません。主な修正要素は下記の通りです。   ◆ 修正要素

・ 幹線道路: (昼)人に +10  (夜)人に +10~20   

・ 住宅街・商店街: (昼)人に -5  ...

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(答) ③ A 40 : B 60

判例タイムス【331】 P.489

   一般道に比べて、高速道路では落下させた側に厳しく責任を問います。問題は、前の車との距離です。概ね200m手前から発見できた場合は、A車に+10~20の修正が入ります。

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 過失割合の研修は盛り上がるものです。次回の研修向けの問題から、いくつか紹介したいと思います。    高速道路の落下物との衝突、その過失割合の問題は、弁護士さんも損保マンも苦戦する難度の高い問題ながら、意外と頻発している事故です。  

 A車は高速道路を時速80kmで走行中、100m前を走っている自動車Bからタイヤが落下し、それに衝突してしまいました。この過失割合は?  

 ① A 0 : B 100 ② A ...

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① A 20 : B 80

 

(解説) 一時停止違反

 一時停止の標識はありませんが、停止線も一時停止の規制と同視します。   ◆ 修正要素

 Bが一時停止後に交差点に進入した場合、A 40 : B 60になります。しかし、この場合の一時停止とは・・   ・ 停止線で車輪が完全に止まること、   ・ 左右を確認することが必要です。    判例では「一時停止の時間は、およそ3秒間」との見解があります。  

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 今年のセミナーで一押しの「過失相殺」ですが、クイズ形式で出題しています。その中から、いくつか紹介していきたいと思います。      問題 「停止線あり」

 信号や一時停止の標識がない交差点で、B車側に停止線がある場合の過失割合は? 両者の道幅は同じとします。「判例タイムス」での基準は、①~③のどれでしょうか?   ① A 20 : B 80

 停止線だけでも標識と同じ扱いでしょう   ② A 40 : B 60

 この場合は、左方優先でしょう   ③ ...

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 オールディーズで定番のロックナンバー「サマータイム・ブルース」、「カモン・エヴリバディ」はエディ・コクラン(本名:レイ・エドワード・コクラン )です。後のギターリストに多大な影響を与えました。私もオールディーズバンドで半年ほど活動しましたが、当然この2曲は外せませんでした。また、ポール・マッカートニーが好んだ「トゥエンティ・フライト・ロック」なんぞもよく演ったものです。3コードをジャカジャカ鳴らして。     

サマータイム・ブルース エディ・コクラン

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 1983年公開の角川映画「里見八犬伝」。深作 欣二 監督、主演は真田 広之と薬師丸 ひろ子、千葉 真一(敬称略)はじめJACのアクター勢ぞろいの映画でした。その主題歌「I Don’t Want This Night To End」を歌った人がジョン・オバニオンです。映画の説明をするまで誰かわからないと思います。

 原作「南総里見八犬伝」は滝沢 馬琴 作、江戸時代のベストセラーです。役所 広司さん主演で馬琴が同作を執筆する姿を映画化、「八犬伝」が昨年に公開れました。(なかなか、ジョン・オバニオンの話がでてこない・・)   

里見八犬伝 ジョン・オバニオン

(このジャケットで初めて顔を見ました)

   1947年、米インディアナ州ココモ生まれ。芸歴は長いのですが、ソロ歌手としては1981年のデヴューでした。おそらく、この曲以外のヒット(しかも日本だけ)には恵まれなかったのか、本国では俳優業を続けていました。1995年にはカバーアルバム「Hearts」で音楽活動を再開しました。これ位しか知りません。    事故は2007年ツアー中の2月14日、ニューオリンズでひき逃げに遭いまいした。享年59歳。亡くなった時のニュースでも、やはり里見八犬伝の映像とテーマ曲が流れました。    曲の邦題まで映画タイトルに・・ 👉 John ...

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 今年の7月、サッカー・プレミアリーグ、リヴァプールのFWでポルトガル代表のディオゴ・ジョタ選手が、交通事故で亡くなりました。ランボルギーニでの自損事故、28歳でした。リヴァプールはビートルズとレッズ(リヴァプールFCの愛称)の街です。レッズは日本代表キャプテンの遠藤選手の所属チームでもありす。    さて、スポーツ選手も少なからず、交通事故に遭っています。Jリーグでは、この選手を忘れるわけにいきません。

 現在、日本代表チームのコーチである名波選手を中心に、当時のジュビロ磐田の中盤はすごかった。そのパスワークに、他チームはまったくボールを取れないのです。強く美しい中盤は、まるでスペインのチームようでした。その攻撃を担った奥選手ですが、引退後、第二の人生が始まったばかりの事故死でした。    

ジュビロ黄金の中盤 奥 大介 選手

  (選手名は敬称略)奥 大介は1976年2月7日生、兵庫県尼崎市出身のJリーガー、現役時代のポジションはミッドフィールダー。日本代表にも選出されています。

 ジュビロ磐田では、攻撃的MFの名波 浩、藤田 俊哉と、ドゥンガの指導を受けた守備的MFの福西 崇史、服部 年宏を含めた5人で黄金の中盤を形成、Jリーグ連覇や各タイトル獲得の原動力に。この5人のほとんどが、毎年のようにJリーグのベストイレブンに選出されました。バルサのようなパスワークは他チームを圧倒、点を決めるのはゴン中山に高原、守りは田中、鈴木が揃い、おそらく、このメンバーのジュビロが歴代Jリーグ最強と思います。その後、横浜F・マリノス移籍を経て、横浜FCで2007年のシーズン後に引退しました。     事故は、引退後に移住した沖縄・宮古島でした。2014年10月17日4時半ごろ、県道202号宮国線で軽乗用車を運転中、ハンドル操作の誤りで対向車線にはみだし、電柱に衝突しました。全身を強く打ち、心肺停止の状態で病院に搬送されましたが、骨盤骨折などにより、1時間半後に死亡が確認、享年38歳でした。ジュビロ磐田、横浜F・マリノス、横浜FCからそれぞれ追悼コメントが出されました。      

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 親の世代のハリウッドスターですが、名前は若い人でも知っているはずです。若くして夭逝したスターの代表と思います。    

永遠の・・ ジェームス・ディーン

   今では信じられないことですが、1950年代までのハリウッドでは、20代前半の若手スターなど、ほとんどいなかったのです。若者が主人公となる映画は無きに等しかったと思います。名だたる二枚目俳優は若くて30代後半、ほとんど中高年でした。ロック・ハドソン、クラーク・ゲーブル、ケイリー・グラント、ジェームス・スチュワート・・もう、おっさんばっかりです。そのおっさん達が、親子ほど年の離れた若手女優とくっつく話ばかり。1953年公開、「ローマの休日」のグレゴリー・ペックは当時37歳、オードリー・ヘップバーン24歳と一回りの年齢差ですが、これでも年齢が近い方です。そう、映画は大人のもの、だったのです。    そのような中に、粗削りで未完成だが憂いのある若手スター、ジミーが誕生したのです。50年代のアメリカにおける尾崎 豊とでも例えましょうか・・それは、衝撃的なデビューだったようです。「エデンの東」、「理由なき反抗」、「ジャイアンツ」有名な3部作を残しました。    「ジャイアンツ」の撮影終了からわずか1週間後の1955年9月30日、彼はサーキットに向かう途中で、交差点の出会いがしら衝突によって亡くなりました。日本での映画公開は死亡後だったそうです。享年わずか24歳、永遠のスターになったのです。  

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 また、マニアックな80’sのロックスターです。「ワンダフルライフ」のヒット曲で有名です。この曲は、ウィスキーのコマーシャルで聴いたことがあるかもしれません。今でもよく聴いています。味わいのある曲なのです。  

ワンダフルライフ ブラック 

   ブラックは3人組のバンド名で、本名はコリン・ヴァーンコム、1962年生まれのイングランドのシンガーソングライター。1981年、リヴァプールでデビュー。1986年にようやく「ワンダフル・ライフ」が世界的ヒット。    事故状況は詳しく報道されていません。2016年1月12日、アイルランドのコーク空港付近にて、交通事故に巻き込まれて昏睡状態となり、1月26日に死去、享年53歳でした。    ワンダフルライフ 👉 サントリーのCMから      ご覧の通り、同曲のビデオクリップがそのままCMに使われた珍しいケースでした。  

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 ドリフの5人組は私の世代では、SMAPより大スターです。カトちゃんケンちゃんだけではなく、いかりやさん、ブーもコージもアイドルなのです。

 現在、カトちゃんとブーさんを残し鬼籍に入られました。3年前に交通事故で亡くなった仲本 工事さんを偲びましょう。仲本さんは体操部出身で、くるっと一回転して決めポーズ!が印象に残っています。私にとって、バック転を練習した影響はジャニーズではなくコージさんです。  

はいポーズ 仲本 工事 さん 

 1941年(昭和16年)生まれ。東京都中央区日本橋の出身です。ドリフターズではサイドギターでした(リードギターはブー、ベースはいかりや、カトちゃんドラム、荒井 注さんは覚えてない・・ので調べたらキーボードでした。ほとんど弾けなかったようですが)。仲本さんはビートルズで言うとジョン・レノンのパートです。1966年6月武道館、ビートルズの前座としてドリフは『ロング・トール・サリー』を演奏、仲本さんがヴォーカルでした。その後、バンドよりコメディグループとして、1969年より「8時だよ全員集合!」放送開始、そのお化け番組で大ブレイク、1982年まで放送されました。    事故は、2022年10月18日午前9時12分頃、横浜市西区浅間町5丁目の信号機のない交差点を横断中、ワンボックスカーにはねられ、緊急手術となりましたが、最後まで意識が戻ることなく、翌日に亡くなりました。診断名は急性硬膜下血腫、享年81歳。     事故場所は、歩行者横断禁止となっています。高齢者の横断中事故は多いものです。歩行者に責任のある横断禁止道路であっても、直進する自動車は気を付けなければなりません。    詳しくは以前の記事から 👉 仲本工事さん、ご冥福をお祈りいたします ~ 横断歩行者の過失割合    

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 おそらく、世界一有名な死亡・交通事故と思います。ほとんど毎日のようにパパラッチに追われる生涯でしたから、このような不幸な事故が起きてもおかしくありません。単なる自損事故では済まされない、やるせない交通事故でした。  

パパラッチの責任は・・ ダイアナ妃 

     イギリス貴族スペンサー伯爵家の令嬢として誕生。チャールズ皇太子と1981年7月に20歳で結婚も1996年8月に離婚。常にゴシップに追われ続けた生涯については、マスコミ報道でご存知と思います(私はまったく興味がありませんが)。

 離婚後は慈善活動に幅広く取り組んでいましたが、1997年8月31日、執拗なパパラッチからハイヤー(メルセデス・ベンツ S280)で振り切ろうとして事故。瀕死の状態で救急搬送されたダイアナ妃は、4時間後に息を引き取りました。パパラッチの追跡が交通事故の原因と、世界中から非難の声が上がりました。

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 T・レックスも好きですね。ベスト盤しか持っていませんが、今でもCDが事務所のラック前面にあり、いつでも聴けます。グラムロックの二大巨頭と言えば、T・レックスのマーク・ボランとデヴィット・ボウイに異論はありません。ロキシー・ミュージックも好きですが。  

自らの死を予言 マーク・ボラン 

   近年は、浦沢 直樹さんの「20世紀少年」でリバイバルでしょうか。T・レックスの「20センチュリー・ボーイ」がタイトルになっています。映画でもそのまま曲が使われていました。    マーク・ボランの事故は自損事故ですが、オカルトじみています。若い頃にフランスで魔女と一緒に暮らしていたというボランは(ほんまかいな?)、その魔女から「若くして成功を収めるが、30歳までに血まみれになって死ぬだろう」と言われた事を語っています。

 1977年9月16日、ロンドン郊外のバーンズにおいて、内縁の妻であったグロリア・ジョーンズ運転の助手席に搭乗中、運転を誤った自動車が立木に激突しました。当時のボランは、長年のヘロイン中毒で血管はボロボロ、それが大量出血につながり、死亡したと言われています。予言通り、30歳の誕生日を迎えるわずか2週間前の事故死でした。    CMでもおなじみ 👉 メタル・グルー  

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 マニアックな人選かもしれませんが、名前の読み方が特異(はぎわら ながれ)で、とにかくテレビで顔を観ない日はない位の名俳優です。

 事故当時のニュースを振り返りますと、事故状況や経緯がすっきりしない印象でした。写真等は肖像権に配慮して割愛します。  

警察車両との事故 萩原 流行さん

 昭和28年生まれ、ウエスタンルックでおなじみです。「蒲田行進曲」でデビュー以来、数々のドラマで活躍、中でも2時間ドラマの常連で、ニヤリと笑む悪役が多かった印象です。脇役ながら、誰もが顔を観たことがある俳優さんです。    事故は、2015年4月22日午後6時頃、東京都杉並区高円寺南の青梅街道において、転倒したバイクのそばに倒れているところを発見されました。救急搬送から1時間半後に死亡が確認され、享年62歳。

 杉並警察・交通捜査課によると、事故当時、オートバイで3車線の中央車線を走行中、左側から車線変更をした高井戸警察署の護送車と接触して路面に転倒、後方よりの乗用車に胸部を轢かれたとされました。護送車を運転していた警部補は「気がつかなかった」と供述しています。

 警察が、当初はワンボックス車と発表したことや、死因を心房破裂死と説明していましたが、死体検案書では死因不詳とあり、奥様は警察に対して不信感があると記者会見で述べています。また、警察発表や報道では、「萩原さんが事故をたびたび起こしていた事、うつ病が原因している」などと偏向報道もありました。

 警察が加害者となる交通事故、しかも相手は有名人・・警察のメンツからか、一筋縄では行かなかった経緯が読み取れます。結局、9月になって、ようやく護送車を運転していた警部補が自動車運転過失致死傷の疑いで書類送検されました。それから、約11か月後の2016年8月16日、警部補は略式起訴(後続車の運転手は不起訴)が決定、罰金70万円となりました。      

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 サッカー仏リーグで活躍中の南野 拓実 選手、所属チームであるモナコのエースとして「モナ王」などと呼ばれています。モナコで連想されるハリウッドスターと言えば、グレース・ケリー モナコ公妃ですね。  

ヒッチコックビューティー グレース・ケリー

   年配の洋画ファンではおなじみのハリウッド女優、1950年代の活躍ですから親の世代のスターです。学生時代、VHSビデオでヒッチコック作品は、ほぼ制覇しています。とくに、グレース・ケリー出演の「裏窓」、「ダイヤルMを廻せ」は、お気に入りです。後世のサスペンスものに絶大な影響を与えたと思います。三谷 幸喜さんの脚本による「三谷劇場」、その狭い空間でのドラマや、シチュエーションコメディの手法は「裏窓」、あるいは「ハリーの災難」の系譜と思っています。「裏窓」はヒッチコックの個人的ベストで、10年に一度は繰り返し観たい作品です。ブルーレイ買おうかな。   続きを読む »

 かつて年間の死亡者数が16000人もいた頃、1960~70年代は交通事故死が身近なリスクでした。現在、車の登録台数が約2倍に増えたにも関わらず、ここ数年の死亡者は4000人台です。相当に死亡リスクは下がったとみてよいと思います。これは国内での話ですが、外国でも交通事故での死亡数は減少傾向のようです。    さて、かつての有名人も、少なからず交通事故で帰らぬ人になっています。たまに懐かしいスターを取り上げて追悼していきたいと思います。初回はややマニアックな80’sのロックスターから。  

ロックミーアマデウスのファルコ

   「ロックミーアマデウスの」と言わなければ、誰だ?となってしまう、オーストリア人のロックシンガーです。本名はヨハン・ヘルツェル、元はバンドのベーシストです。ソロ転向後、1986年の「ロックミーアマデウス」が世界的ヒットとなりました。翌年、高校生の私は来日コンサートに(NHKホールだったかな?)行きました。オーストリア人が米ビルボードチャートで1位になったのは・・ファルコだけと思います。当時のドイツ語圏において、ラップ、ヒップホップの先駆けとなるヒット曲でした。この曲のドイツ語ラップが、英語では卑猥な言葉に聴こえる点がウケたとも言われています。    世界的成功の後、彼はドミニカ共和国に移住しています。そして1998年2月6日、サント・ドミンゴ、プエルト・プラザの高速道路にて、三菱パジェロを運転中にバスと衝突、頭部外傷にて亡くなったそうです。血中からアルコールとコカインが検出されたとも言われています。遺体はウィーンに戻って埋葬されました。音楽活動から遠のいた時期でしたので、静かなニュースだったと記憶しています。    たまに思い出したように観たくなるビデオクリップです。    youtube 👉 Falco – Rock ...

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