どーも金澤です。
コロナ過の病院同行では、病院によってコロナ対策度に開きがありますが、だいたいどこの病院も体温を計り、アルコール消毒をするなど、基本は変わらないような気がします。
各病院クラスターを発生させないために基本を守っている所から、基本を通り越して、実に感心するほどの徹底ぶりの病院まであります。
しかし先日、全くコロナを気にしていない医師に会いました。
あ・・・・病院って、昔はこうだったっけ・・・?
と、思わず懐かしくなりました。
➀最も徹底した医師
静岡県某所の病院です。
まず、第一関門は入り口にアルコール消毒・スマホ型自動体温測定が設置されており、これらをパスして院内へ入ります。
そしてここからが圧巻、なんと第二体温測定が受付で行われます。2回目は腋窩計測。
やはりスマホ型自動計測は信頼性に欠ける為でしょうか。
たまに34℃とかで出ますものね。オイオイと言ってしまいますよ(笑)
ソーシャルディスタンス・パーテーションで区切られた待合で待つ事数分、診察室へ呼ばれるがそこでビックリ!
医師はフェイスシールド・マスク・手袋の完全防備!
この完全防備はなかなか見ないので、つい興奮してしまいました!
医師と患者の距離は約2メートル離され、とても可笑しな絵面。
ちなみに私は、診察室の外の廊下の部分に椅子を置かれ、先生との距離は約4メートル
ここまで徹底した医師は、感心の一言でした!
②時代を感じさせない男気ある医師
首都圏某所の病院
こちらの病院、コロナウィルスと言うものをおそらく知らない病院。
受付でのアルコールは一応置いてはいるものの、存在感を全く感じさせい。
待合も密状態でお年寄りのたまり場状態。
そして何といっても一番驚いたのが、診察室へ呼ばれ仰天!!
狭い!!!
患者との距離70㎝~80㎝!?
しかも、ノーマスクです!!!!
医師のノーマスクは、天然記念物を見た時と同じ感動がありました!!
患部を念入りに見てくれて、
あ~以前はこれが普通だったよな~と、懐かしい気持ちになりました。
診断書も親切に打合せ通り書いてくれて、懐かしい気持ちのまま帰りました。
今日はこんなところで、2つの差のある病院の紹介でしたけど、
最近面白く感じた2つでした。



どーも、金澤です。
ガッキーが結婚したと聞き、昨日は事務所一同戦意喪失。
オリンピックやコロナを超えた、今年最大のニュースとなるでしょう。
本日は箸休めと言うか、サボり。 来週から労災シリーズ再開します。
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先日、ハムスターが脱走したそうで、夜中の1LDKで、猫ちゃんと壮絶な追い駆けっこが起きたそうです。どうやら、これが苦情の原因のようです。多頭飼いは動物同士の相性と、なにより相当のスペースがないと無理なのです。
最近、指紋認証でエラーが多くなった。一発で認識してくれない。精度が下がったのか? いや、年々制度は上がっているはずですが・・主流は顔認証なので、もはや終テクなのでしょうか。
思い当たることは・・・やはり、手洗いの励行でしょうか。こまめに手を洗うようになって、指紋が薄くなってしまったのでしょうか。皆さんはいかがでしょうか?

何事も2択の判断は難しいものです。今年のマスク論争に似ているな、と思います。
「マスクは効果が有るのか、無いのか」・・・これも二択で判断できるほど、単純ではありません。
マスクは、完全に防疫の効果があるとは言えないが、自身からの飛沫の量を減らすので、一定の効果はある・・このような分析で、ひとまず落ち着いていると思います。つまり、しないよりした方が良い。また、ひねくれた発想ですと、「私はコロナ対策してます」との表札になり、同調圧力の高い日本では欠かせない免罪符と言えます。
世相をみれば、後手を踏みまくっている政府のコロナ対策について、マスコミが毎日のように非難しています。マスコミ以外でも、緊急事態宣言下の自粛警察などは、より攻撃的で行き過ぎた反応です。未知のウィルスに対し、現状、誰もが絶対の正解を持っていないのですから、結果論で非難する、違う意見の他者を罰するような行為は、ちょっと厳し過ぎではないでしょうか。アーティストの山下 達郎さんは、コロナ下、寛容さが必要と、早くから訴えておりました。
94年サッカーワールドカップ決勝、PKを外したロベルト・バッジオ選手は、後にこうコメントしました。
「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ」
このPK失敗でイタリアは敗退しました。勝負事の結果ですから仕方ありませんが、彼を戦犯にする心無い論調も多かったのです。
一人でゆっくりがいい!
もしかしたら後年の評価で、今年がその完全転換の年になるかもしれません。なんとなく伝統的に継続してきた団体行事が、コロナ下での中止をきっかけに、いつの間にか廃止となる会社も多いのではないでしょうか。昭和の終身雇用時代、会社は家族に次ぐ第2の共同体、社員は皆家族でした。今や非正規、契約社員の比率が増えて組織が分断・階層化し、経営の効率化・合理化の流れは止めようもなく、給与も出来高評価が進んで所得格差が拡大、そして、このコロナ下、テレワークや自宅業務でもほとんど問題ないことが実証されてしまいました。会社括りの人のつながりが希薄になって当然です。
それは、かつて会社行事大嫌いの者にとって、ついに到来した理想的な社会かもしれません。しかし、昭和の郷愁を知る私の世代は、すべて自由では却って面白くない。付き合いだから仕方なく嫌々参加する行事がたまにあっても、それも一興と思います。かつて、会社行事に文句たらたら参加ながら、数々のドラマがあったような気がします。上司や後輩、同僚の、仕事中とは違った顔を見る機会でもあります。何事も有意義な時間とするか、無駄な時間とするかは本人次第なのです。
逆説的ですが、その面倒な人間関係があって初めて、会社・組織から解放された自由を強く感じるものと思います。令和以降の世代にとっても、罰ゲームのような会社付合いが一つ位残ればいいなと思う次第です。
それから5年後、縁あって地元のビートルズ専門ライブハウスでのステージに、毎週のように立っていました。ビートルズのナンバー150曲ほどレパートリーに、延べ数百回のステージをこなしたものです。もはや、下手の横好きでは済まされません。結構、大変でした。
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