さて、ある日のスタジオリハーサル、いくら待てどもドラマーが来ません。電話をかけてもでません。寝てるのか?いずれにしても、その日はドラムなしでリハを行いました。
 
HE7D9649web
 当時の所属バンドは70年代のディスコソングをカバーする”Rosso Nero”でした。ドラムはプロデビューを目指して岡山から上京のO君、年齢詐称の怪しい素性でしたが、気のいい奴で誰からも好かれていました。
 
 心配で翌日アパートを訪ねると、同居者から、「前日、交通事故で重傷、即入院した」ことを聞かされました。早速、病院に行くと、包帯でグルグル巻きのミイラ男が横たわっていました。「あ、こりゃダメだ・・しばらくライブはできないな」と覚悟しました。診断名は右鎖骨粉砕骨折だったでしょうか、あと、いくつか骨が折れていたようです。
 
 O君は当初、痛みでひぃひぃ言ってましたが、しばらくすると右腕がまったく動かないことに気付きました。上腕神経麻痺を併発したようです。わずかながら手首・指先の自動運動できますので、正確には神経の完全断裂や引き抜き損傷のない不全麻痺でしょうか。リハビリ次第で、ある程度の回復の希望は残ります。それでもドラムの演奏は致命的、本人も「これで音楽人生は終わった」と・・。
 
 
<上腕神経麻痺を解説>
 

 
(1)病態

 上腕神経叢麻痺は、単車・自転車で走行中の事故受傷で、 肩から転落した際に側頚部から出ている神経根が引き抜かれるか、引きちぎられて発症しています。


C5頚髄神経は肩の運動、 C6頚髄神経は肘の屈曲、

C7頚髄神経は、肘の伸展と手首の伸展、C8頚髄神経は手指の屈曲、

T1胸髄神経は、 手指の伸展をそれぞれ分担しています。

 
 これらの神経根が事故受傷により引きちぎられるのですから、握力の低下に止まらず、 支配領域である上肢の神経麻痺という深刻な症状が出現します。

① 脊髄から神経根が引き抜ける損傷が最も重篤で予後不良ですが、引き抜き損傷であれば、 脊髄液検査で血性を示し、CTミエログラフィー検査で、造影剤が漏出、立証は簡単です。 そして、引き抜き損傷では、眼瞼下垂、縮瞳および眼球陥没のホルネル症候群を伴う可能性が大となり、 手指の異常発汗が認められます。
 
② 次に、神経根からの引き抜きはないものの、その先で断裂、引きちぎられるものがあります。 断裂では、ミエログラフィー検査で異常が認められず、ホルネル症候群も、異常発汗を示さないこともあります。 このケースでは、脊髄造影、神経根造影、自律神経機能検査、針筋電図検査等の電気生理学的検査、 MRI検査などで立証することになります。
 
③ 神経外周の連続性は温存されているのに、神経内の電線、軸索と言いますが、 これのみが損傷されているのを軸索損傷と呼び、このケースであれば、 3カ月位で麻痺が自然回復、後遺障害の対象ではありません。
 
④ 神経外周も軸索も切れていないのに、神経自体がショックに陥り、麻痺している状態があります。 神経虚脱と呼ばれていますが、3週間以内に麻痺は回復、これも後遺障害の対象ではありません。
 
 治療は、受傷後、できるだけ早期に神経縫合や肋間神経移行術、神経血管付筋移行術を受けることになります。なぜなら、6カ月以降に手術をしても、筋肉が萎縮し、例え神経が回復しても充分な筋力が回復できないからです。 当然、手の専門医の領域ですが、予後は不良です。 上肢の機能の実用性を考慮して、等級の評価が行われています。
 
(2)後遺障害

① 全型の引き抜き損傷では、肩・肘・手関節・手指の用廃であり、1上肢の用廃で5級6号です。

② C6~T1の引き抜き損傷では、1上肢の2関節の用廃で6級6号、手指の用廃で7級7号となり、 併合のルールでは2等級引き上げで、併合4級となりますが一上肢を手関節以上で失ったものにはおよばず、併合6級が限度となります。

③ C7~T1の引き抜き損傷では、手関節の機能障害で10級10号、5の手指の用廃で7級7号、併合のルールでは5級になりますが、一上肢の2関節の用廃にはおよばず、併合7級が限度となります。

④ C8~T1の引き抜き損傷では、5の手指の用廃で7級7号が認定されます。

 なお、引き抜き損傷や断裂の無い不全麻痺では、肩関節の機能障害、もしくは(痛み・しびれの)神経症状の判定となります。

・1つの関節の可動域が5°しか動かない(用廃)で、8級6号、1/2制限で10級10号、3/4制限で12級6号となります。上肢の3大関節の複数に等級がつく場合、それぞれ、一つづつ併合されて繰り上げます。結果、○級相当と判断されます。

・神経症状は器質的損傷の有無や神経伝導速度検査などから12級13号を立証します。自覚症状だけですと、その信憑性・症状の一貫性から14級9号となります。

 自賠法のルールでは、上記の通りですが、本件の傷病であれば訴訟で決着することが一般的です。 であれば、自賠責保険の認定等級に縛られるのではなく、実際の上肢の機能の実用性を検証して、きめ細かく損害賠償請求を行うべきと考えています。
  
  
 さて、ここで、前日のデフ・レパードです。
  
 彼らのようなプロの超売れっ子バンドと比べようもありませんが、ドラムの復帰は期待できません。毎月のライブも穴を開けるわけにはいきません。デフレパードと違い、1晩の演奏で交通費+弁当代程度のギャラの貧乏バンドですから、当然、特注の片腕ドラムセットなんて用意できません。私以下メンバーはわずか3秒の相談で、以下のように決断しました。
  

別のドラムを探そう

  
 薄情そのものです。
 
 つづく ⇒ 上腕神経麻痺の想い出 ③ そして、秋葉事務所が誕生した