あくまで、自賠責保険基準からの検討になりますが、自賠責保険の基準=考え方は裁判にも踏襲され、裁判官の判断材料になることが多いものです。

 事件の経緯について、逸失利益計算から自賠責流に逆算していきます。
 
【1】まず、聴覚障害についておさらいします。
 
 👉 耳の後遺障害 ⑤ 難聴 Ⅰ
 
 本件被害者さんの聴覚障害の程度は不明ですが、

 4級3号:両耳の聴力をまったく失ったもの 

 6級4号:両耳の聴力が耳に接しなれば大声を解することができない程度になったもの
 
 いずれかですが、本件の場合、逸失利益の額から6級4号が推測されます。
 
【2】次に、逸失利益についておさらいします。

 本件、最大の争点は、亡くなった女の子の将来の損害=逸失利益(うべかりし利益)です。逸失利益とは、「もし、障害がなければ、将来これだけの収入があったでしょう」を予想・計算するものです。
 
 その計算式は以下の通りです。
 
事故前年の年収 × 喪失率 × ライプニッツ係数(喪失年数-中間利息)=逸失利益
 
 詳しくは 👉 自動車保険の値上がりの言い訳・前編~まず、逸失利益を復習
 
 6級の労働能力喪失率は67%です。
   
 逸失利益の計算は、後遺障害と死亡の保険金算定に生じます。
  
Ⅰ. 後遺障害の場合・・・

 前年年収をいくらとするか、喪失率を何%でみるか、喪失期間を何年とするか、で金額が算定されます。

 事故前からすでに、同じ部位に障害や症状があった場合、加重障害として計算しますので、現存障害(事故後の障害○級)-既存障害(事故前に既に負っていた障害○級)=保険金となります。

 法律(裁判)上では、総合的に元々の原因部分を「素因減額」として差し引きます。ここで、相手保険会社と○%差し引くか?でよく対立します。最終的に裁判となれば、裁判官の判断となります。
  
Ⅱ. 死亡の場合・・・

1、前年年収を基に逸失利益を計算します。事故前年の源泉徴収票、確定申告書から計算します。ここで、収入の多い人少ない人で差が生れます。つまり、その人の収入次第ですから、すでに「逸失利益は平等ではありません」が、公平な判定と言えます。

 自賠責保険の場合は、この収入証明書と相場表(※)を比べて多い方を採用、計算しますが、ほとんど死亡の限度額(3000万円)で打ち止めとなるようです。83歳を超えるような高齢者の場合、将来収入が少いので3000万円をほぼ下回ります。
 
2、前年年収に喪失率と喪失期間をかけて、亡くなった被害者の「命の値段」を計算します。
 
 現在の喪失率は、亡くなることで100%です。事故前に障害があれば、それが死亡の原因にもなった場合、事故前の障害分を差し引いた計算をする必要が生じます。ただし、死亡前の障害が事故による死亡に関与しない場合は、自賠責保険上では加重障害とはなりません。
  
 したがって、自賠責保険、法律(裁判)上、共に”元々の病気や障害が、今回の交通事故で悪化して死亡したという因果関係が無い”場合は「前年年収をいくらとするか?」ですべてが決まると言えます。本件死亡の因果関係ですが、当然に聴力障害は無関係と言えます。
  
3、子供さん(未就労者)の場合、前年年収がまだ無いので、相場表≒「賃金センサス」を参考に、その全労働者平均(あるいは男女別、学歴別)の金額から検討することになります。
 
 本件の争点はまさにここなのです
 
 ※ 自賠責保険の場合は、「賃金センサス」の簡易版のような「全年齢別平均給与額・年齢別平均給与額」を基に自動的に計算します。
  
【3】逸失利益の計算とその交渉推移

① 相手損保、最初の賠償提示では、逸失利益の計算を以下のようにしたのでは?と推測します(相手損保の言う「聴覚障害者の平均年収?」の資料がないので、あくまで自賠責保険から推測した計算です)。

 喪失率は6級4号の67%を参考に、切り下げて60%に。
 
 女性平均:382万円 × 喪失率(100-60%)≒ 153万円?
 
 「聴覚障害者は、将来4割程度の収入しか見込まれないのではないか」との結論です。

 ・・・やはり、被害者の反応を見る為か、初回はかなりなめた提示かと思います。
 
② 弁護士が介入した後、相手保険会社の修正提示

 弁護士は恐らく全労働者平均497万円 × 100% を前年年収として逸失利益を計算、請求したはずです。
  
 対する保険会社は、被害者の反感と弁護士の請求額から、喪失率をおよそ40%まで引き下げました。

 497万円 × 喪失率(100-40%)≒ 294万円?

 (誤差があるので、この計算式は自信ありませんが)
  
 497万円 か 294万円か、その差額203万円から、逸失利益に相当な開きが生じるのです。

 損保 VS 代理人弁護士の土俵はたいてい逸失利益です。前年年収と喪失率と喪失期間のせめぎ合い、逸失利益の攻防と言っても過言ではありません。本件の場合は、聴覚障害者の年収の減額だけが争点となりました。
 
 そして、裁判の結果は・・・
 
③ 判決 

 武田瑞佳 裁判長は「年齢に応じた学力を身につけて将来さまざまな就労可能性があった」などとした一方で、「労働能力が制限されうる程度の障害があったこと自体は否定できない」としました。

 結果、以下の計算式になります。
 
 年収は497万円の85% で 4224500円 × (1-生活費控除)× (67歳までのライプニッツ係数-18歳までのライプニッツ係数)
 
・生活費控除とは ? ・・・生きていればご飯も食べるし、お金がかかります。死亡によって、その分はかからなくなるので差し引きます。
 
・18歳までを差し引く? ・・・その間、収入がない(働いていない)事を想定します。11才なら7年間-中間利息で5.7864年です。
 
<シミュレーション> 生活費控除を30%として。

 497万 × 0.85 × 0.7 × (18.1685-5.7864)= 36615727円 ⇒ 切り上げて3700万円としたようです。
 
 ※ 賠償金は、この逸失利益以外に慰謝料(2000万~2500万円)が加算されるはずです。もしかしたら、先にショベルカーの自賠責保険:死亡限度額3000万円を回収しているのかもしれません。
 
 この結果について、被害者側は「差別判決」と断じています。一方、弊所の連携弁護士は一様に「(被害者の心情を察するが)被害者寄りに精一杯努力した判決」と評しています。
 
 難しい法理は法学者の先生に任せるとして、明日は「寝ても覚めても後遺障害・秋葉事務所」の考えをまとめたいと思います。
 
 つづく ⇒ 聴覚障害の女児死亡事故 逸失利益は85%3700万円余判決 ③ それは蓋然性の問題