アキレス腱滑液包炎(あきれすけんかつえきほうえん)

オレンジ色 正常な滑液包

オレンジ色 腫れた滑液包
 
(1)病態
 
① 滑液包は、アキレス腱とかかとの骨の間に1つのみ存在しているもので、この滑液包が炎症を起こすと腫れて痛み、アキレス腱前滑液包炎を発症します。
 
② アキレス腱に対する強い圧迫が続くと、アキレス腱と皮膚の間に防護的に滑液包が形成されることがあり、この滑液包も炎症すると腫れて痛み、アキレス腱後滑液包炎を発症します。アキレス腱と皮膚、踵骨の間には、液体で満たされた袋状の、滑液包があり、クッション材として摩擦防止の役目を果たしていますが、この滑液包が炎症を起こすことがあります。
 
 この症例は、若い女性に多く、ハイヒールなど、かかとの後ろを支える部分が硬い靴で歩いていると、かかと後方の軟部組織が繰り返し圧迫され、アキレス腱に過度の負荷がかかることにより炎症するものと考えられています。

 交通事故では、かかと部に対する直接的な打撲で発症しています。外傷では、直後から症状が出現するのですが、外傷でないときは、症状は徐々に進行していきます。
 
(2)症状

 腫れで赤くなり、熱感、かかと後方の痛み、炎症している滑液包が大きくなると、かかとの皮下に赤いしこりが出現、痛みが生じます。炎症が慢性化したときは、腫れは硬く、大きくなり、赤色は薄れてきます。
 
(3)治療

 症状の確認と触診がなされ、XP検査を行って診断されています。踵骨骨折の可能性を除外する必要から、XP検査が行われているのです。治療は、かかとの後方にかかる圧迫をなくす必要から、靴の底にヒールパッドを入れます。


 これにより、踵骨の角度を前方向に変え、かかとに対する圧迫を軽減します。ハイヒールを原因としているときは、当面の使用が禁止されます。これらの治療で効果が得られないときは、かかとの骨の一部をオペで切除することになります。
 
(4)後遺障害のポイント
 
 交通事故の衝撃力では、踵骨の骨折、アキレス腱断裂がほとんどで、滑液包炎は稀な症例です。専門医が診断し、ヒールパッドを装用すれば、2カ月前後で完治、通常、後遺障害は考えられません。ただし、例外は以下 ↓ 。
 
◆ 交通事故110番の経験則

 相談会に参加された32歳女性は、かかとの疼痛で靴が履けないとして、冬なのに、クロックスで無料相談会に参加されました。診断書の傷病名は、左足捻挫、左かかとの打撲と硬結(※)となっています。受傷から1年の経過で、左かかと部は、やや黒く腫れており、触ると硬くて、タコのようです。軽く押さえると、激痛を訴えます。

 もはや、専門医は後回しとして、左足捻挫、左かかとの打撲と硬結で後遺障害診断を受けました。XP、CTでも足関節周辺に外傷性所見はなく、可動域の制限もありません。念のために、MRI検査を受けたのですが、踵骨には、骨折も骨挫傷も認められず、焦点は、左かかとの打撲と硬結に絞られました。患部の写真を添付して被害者請求を行ったのです。

 予想は14級9号で御の字だったのですが、ラッキー! 12級13号が認定されました。本件は、そもそも傷病名に疑いが残ります。訴訟ではなく、連携の弁護士が紛センに示談斡旋を求め、チャッチャッと解決したのです。
  
※ 硬結
 打撲とは、外力により、皮下組織、皮下脂肪や筋肉などの組織の出血や浮腫を伴うことです。大きな外力では、痛みも強く、数日後には皮下出血となり皮膚の色が変わってきます。

 ときには、皮下出血が瘢痕を形成し、皮膚が固くなることがあります。これを外傷後の硬結というのですが、痛みを伴うことはなく、時間の経過で硬結は消失するのです。治療の方法も、悪化することもなく、広範囲に使える便利な傷病名として硬結は存在しているのです。したがって、本来であれば、硬結は後遺障害の対象とはなり得ません。
 
 先の32歳女性、解決後に専門医を紹介、受診しました。

 専門医は、硬結ではなく、慢性滑液包炎と診断しました。複数回、副腎皮質ステロイドを滑液包内に注射し、疼痛を緩和させ、同時に、スニーカーにヒールパッドのインソールを装用、かかと部を圧迫しない状態で靴を履いて歩くリハビリが開始されました。

 そして、受診から5カ月でビジネスシューズが履けるまでに改善を果たしました。あの12級13号は? これは言わないことにしました・・。

 セカンドオピニオンにて、専門医の正しい診断と治療が功を奏した形となりました。やはり、医師(の力量)によって見立てがブレることがあります。当然、治療方法も変わります。結局、治るのか、後遺症となるのか、その時点で将来のことはわかりません。その時点とは、見立て違いの医師の治療の結果、症状固定日を迎えた状態です。自賠責保険は、その医師の診断と治療結果を基に、判断・等級認定するしかないのです。交通事故外傷の世界では、稀にこのような顛末になります。
 
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