コロナ休が明けたと思ったら夏休みに突入、もしくはお休みのまま突入の学生さんも多いことでしょう。今、世界を震撼させている新型コロナ、この現実の恐怖に対し、生半可なフィクションなど到底歯が立ちません。ここは、限りなくほぼ実話の怪談話でいきましょう。少し時間をかけて連続4回の短編小説にしました。

 トイレを済ませてからお読み下さい。
 

夢で逢えたら

 母の夢をみなくなりました。いわゆるロスの期間は去ったのでしょうか。月日は人の心を癒す唯一の処方かもしれません。
  
 母は昨年、桜の咲く頃、脳梗塞で旅立ちました。亡くなる前日まで元気に仕事をしていましたから、あまりにも急な喪失です。49日を終えたころからおよそ半年間、ちょくちょく夢に現れては、「あれっ、死んだはずでは?」と、目覚めに記憶の混乱をきたしたものです。夢の中では普通に生きているのです。幽霊やゾンビなどとは似つかわず、生前のままです。あれっ、確かに火葬したよな、納骨で墓に収めたはずだよな・・・実際、夢の中で「何で生きてるの?」と本人に聞いたことすらあります。父も時折、「今日、母に会った」と言っています。どうやら父の認知症は進行してるようです。

 交通事故である日突然、家族や友人を亡くすとはこれに近いのかと、妙に仕事上の分析をしていました。

 一連の葬儀で親戚の皆さんが頻繁に実家を訪れました。老境に差し掛かった4人の叔母達、つまり母の姉妹ですが、それぞれ健康上から、最近はお墓参りもままなりません。今年はコロナから1周忌も中止しました。健康であった母以外は、皆それぞれ持病を抱えています。風邪をひいても危険なのです。そのくせ、叔母達は大変気が強く、あきれる程の負けず嫌いで、集まれば些細な事でも言い争いが始まります。私達甥や姪も、子供の頃からずっと辟易していました(昭和には「ひく」という表現が無かったもので)。もっとも、最近はそれぞれ一回は手術をしているようで、ペースメーカーやら投薬やらの話題がつきません。集まると冗談で「次は私の番よ」と、まるで鬼籍へも競争しているようです。

 

死んだはずの母が窓に(怖)

 話は昨年に戻りますが、夏も終わりに差しかかる頃、季節外れの噂が近所に流れ始めました。

 私の実家はヤオコー(スーパーマーケット)の隣にあり、町内の買い物客がそぞろ家の前を通ります。今は父一人が住む実家ですが、ご多分に漏れず主婦のいなくなった家は掃除や管理が行き届かず、ややすさんだ雰囲気です。まったく男手はだらしないものです。その男手ながら、私がたまに帰って掃除をしています。最近は玄関の照明も切れて、街灯だけでは薄暗く、いかにも貧相です。まして、認知症気味の寡黙な老人が一人ひっそり暮らす様は不気味で、よく言っても”茜町の限界集落”と皮肉りたくなります。

 とにかく電球だけでも替えなければ。ある日、LED電球を握りしめて帰宅、早速、軒の電灯を差し替えようと脚立を立てていたところ、何気なく気配を感じて振り向くと、お隣さんが見上げていました。お隣の山口さんは自営業で町内会にも顔が広く、誰とでもきさくに接する人です。それでも、よく居る町内会の噂好き・情報源、今でいう”町内会のインフルエンサー”とは違い、商売人らしく余計な事は言いません。噂や誹謗中傷の類は決して口にしない好人物です。

 いつもは挨拶をするだけの関わりですが、この節、葬式はじめ色々とお世話になりました。これから数秒、挨拶と少しの言葉+笑顔で終わる予定でした。ところが、山口さん、怪訝な顔を崩しません、さらに、何か言いたそうな素振りです。いつもであれば、それ程気にすることではありませんが、父の認知症、母を失ってからやや進行したかの現況も気になります。私は思い当たることがあったので、昇りかけた脚立を降りると、思いきって質問しました。
 
 「すみません、父がなにかご迷惑をおかけしていませんか?」
 
 「あ・・えーと、まぁ、お父さんはとくに・・」
 
 歯切れが悪い。こうなると、問いたださねば東京に戻れません。
 
 「お気遣いなく、なんでもおっしゃって下さい。何か解決できることであれば、すぐにでも・・」
 
 山口さんは少し迷ったようですが、
 
 「う~んとね・・・いえね、お父さんの事ではなくてお母さんの事なんだけどね・・」
 
 「母? 亡くなった母のことですか?」
 
 「息子さんに言っていいのか・・最近、近所の人から、2~3人なんだけど、よく聞かれるので・・」
 
 「何をですか?」
 
 「 「秋葉さんの奥さん、今年亡くなったよね」ってね。ごめんなさいね変なことで。私もね、「そうですよ、それが?」と答えてますよ、いつも。でも、その人達が言うには、「秋葉さんの奥さんを見かけた」ってね。そんなことあるはずないんだけどね。馬鹿な事言ってごめんなさいね。」
 
 何を言っているのか・・わけがわかりません。一瞬、夢で現れた母が実は本当に生きていた?・・私の頭も軽い錯綜を催したようです。
 
 気を取り直して、言葉を絞り出しました。
 
 「死んだ母をどこで見かけたって言ってました?」
  
 山口さんの指が何かに引き上げられるかのようにすーっと上昇、ゆっくりと軒下の出窓を指さしました。
 
 「カーテンの隙間からお母さんの顔が見えたって言うんだ。見間違えだと思うけど・・。」
 
 新築時にはひときわ豪華なアーチ型の出窓、我が家のちょっとした自慢でもありました。母が存命のおりには花が飾られ、体裁を保っていたものです。それが、今や掃除をサボったため、すすがかかったように汚れ、軒からはクモの巣、破れかけたカーテン、その隙間からは誰もいないリビングが漆黒の闇のように深く、何年も無人で古びた洋館のそれを彷彿とさせます。夜は照明も切れていますし、父もこのリビングにはめったに足を踏み入れません。この窓はいつも真っ暗なのです。人によっては幽霊屋敷と呼ぶかもしれません。
 
 見間違えと言いつつも、山口さん、いつものように商売で駆け回って上気した顔色ではありません。額の汗もきっと違う成分のものです。どことなく、怯えすら感じます。

 私はなんと返答してよいかわからず、口ごもっていると、山口さんは「ごめんなさいね」と私に2度3度頭を下げると、逃げるように隣宅に滑り込みました。
 
 この態度から私は確信しました。 山口さんも見たのだと
 
 こころなしか、買い物帰りの人たちも、秋葉宅から距離をとるように反対側をそそくさと通り過ぎます。そして、一様に引きつった顔でチラッと窓に目をやるも、凝視を避けているようです。これは、私の心象がそう見させているのかもしれません。空模様から夕立を察して、帰途を急いでいるだけなのでしょう。確かに空が暗転し始めました。

 暗度を増した雨雲がすぐ頭の上に圧し掛かってくるようなプレッシャーを感じて、私は立ちすくんでいました。低気圧を体感するように。その間、わずかに1分位でしょうか。ようやく、LED電球を強く握りしめた指の痛みにはっとしました。同時に唸り声のような雷鳴が近づいてきました。
 
 この日、ご近所が、茜町が、秋葉家の亡霊の恐怖に包まれていることを知ったのです。
 

Haunted horror house.

 
 つづく(明日も失禁注意) ⇒ 第2話