PCL 後十字靱帯損傷(こうじゅうじじんたいそんしょう)

(1)病態

 ACL前十字靱帯とPCL後十字靱帯は、共に、膝関節の中にある靭帯で、大腿骨と脛骨をつなぎ、膝関節における前後の動揺性を防止している重要な靱帯です。交通事故では膝をダッシュボードで打ちつけて発症することが多く、ダッシュボードインジュリィ(dashboard injury)と呼んでいますが、PCLだけの単独損傷は、ほとんどありません。

 多くは、膝蓋骨骨折、脛骨顆部骨折、MCL損傷を合併するので、実に厄介な外傷となるのです。運転席や助手席で膝を曲げた状態のまま、ダッシュボードに外力・衝撃などによって、膝を打ちつけ、𦙾骨が90°曲がったまま後方に押しやられ、PCL後十字靱帯損傷となるのです。同時に、膝蓋骨骨折、脛骨顆部骨折などに合併して生じることが多いのです。


 
(2)症状

 後十字靭帯損傷は、前十字靭帯損傷と比べ、機能障害の自覚や痛みが少ないのが特徴です。前十字靭帯損傷に比して、痛みや機能障害の自覚が小さいものの、痛みや腫れは出現します。訴えは、膝蓋骨骨折などの痛みが中心となります。
 
(3)診断と治療

 後十字靭帯損傷とは、靭帯が部分断裂したレベルであり、単独損傷では、大腿四頭筋訓練を中心とした保存療法の適用となります。

 自覚症状としては、受傷初期は痛みがありますが、そう長びかないようです。問題は、靭帯が断裂、あるいは部分断裂で伸びてしまうと、膝がぐらつきます。まず、ぐらつきの特性を診断する必要があります。症状をしっかり医師に伝え、その異常に早く気付いてもらわなければなりません。
  
◆ この治療を得意としているのは、膝の専門外来、スポーツ外来で、専門医が配置されています。ACL損傷に同じく、PCL損傷も徒手テストと画像から診断をおこないます。町の整形外科医では、湿布だけ出して帰らされることがあります。往々にして、診断が遅れることがありますので注意です。
 
① MRI

 まずは、損傷の程度を確認、診断名につなげます。骨折を伴う場合は、当然に単純X線写真とCTは実施しているはずです。靭帯を精査するには、加えてMRI(場合によっては関節造影)検査を行います。

 ただし、骨折を伴う場合、骨折部に金属(プレート・スクリュー)で固定すると、すぐには検査できません。ハレーション(金属が反射して筋状の線が写る)が起きて、患部が観えなくなってしまうからです。骨折の癒合が優先されますから、毎度、抜釘するまでMRIはお預けとなります。
  
② 後方引き出しテスト(posterior sag)

 膝を90°屈曲すると、下腿の重みで脛骨が後方に落ち込みます。仰向けで股関節を45°と膝を90°曲げます。

 後十字靭帯断裂では、脛骨上端を後方に押すとぐらつきます。経験では、体育座りをするだけでわかることがあります。左右の膝を比べると、靭帯が伸びてしまった方の脛が落ち込んでいるのです。
  
② ストレスXP撮影

 脛骨を後方に押し出し、ストレスをかけた状態でXP撮影を行います。断裂があるときは、脛骨が後方に押し出されて写ります。自賠責保険の等級認定では、ストレスXPが絶対条件と言えます。

 膝を90°屈曲すると、下腿の重みで𦙾骨が後方に落ち込むのですが、これが10mm以上となると、後十字靱帯は断裂しており、再建術の適用となります。

 太ももの内側から遊離半腱様筋腱、半腱様筋腱を採取し、それらを編み込んで、アンカーボルトで留めるという高度な技術の必要な再建術が行われています。

 腱移植術では、膝の専門医のいる医大系の総合病院を選択しなければなりません。すべての靭帯再建術に言えますが、病院・医師選びが大事です。
 
(4)後遺障害のポイント
 
Ⅰ. 現在に至るも、医学界では、PCL後十字靱帯損傷の治療は、保存療法が中心です。

 部分断裂であれば、硬性装具とハムストリングの強化で、一定の改善が得られます。

 ソラスターブレースなどの装具で、自転車を漕ぐリハビリが効果的とされています。

◆ 膝に動揺性が認められるときは、膝を4点で固定するドンジョイを選択してください。装具のブランドはドイツ製ですが、最近では研究・改良が進み、国産でも良い物があるそうです。お金はかかりますが、オーダーメードも可能です。

お馴染みのドン・ジョイ

 完全断裂であっても、上記の保存的療法が推奨されているのですが、であれば、一生涯、脚が細くならないように、筋トレや太ももの強化リハビリを継続しなければならず、現実的な選択肢ではありません。やはり、完全断裂の根治は、再建術に頼ることになります。決断しなければなりません。
 
 等級の基準は以下の通りです。

★ 前十字靭帯に同じく繰り返しますが、労災の場合は、顧問医の面接がありますので、装具の使用状況が実態通りか? 装具に見合った症状か? 実際に確認できます。一方、自賠責保険は書類審査なので、装具の使用状況は参考程度、必ず画像所見で判断します。画像判定が自賠責の鉄則です。
 
 MRI、徒手検査、ストレスXPで立証した教科書的な実例 👉 12級7号:後十字靱帯損傷(20代男性・埼玉県)
  
Ⅱ. 大多数の整形外科医は、後十字靱帯のオペは非常に難しく、日本では、再建術を実施しない病院が殆どです。毎度、手術のリスク、例えば感染症の危険などが説明されます。

 しかし、腱移植術のできる医師は極めて少ないのですが、現に、存在しています。秋葉事務所でも、膝の専門医にお連れすることが多い分野です。靭帯再建術後の感染症は、可能性として0ではありませんが、今まで経験したことはありません。
 
Ⅲ. かつての相談会でも、保存療法に終始し、効果の得られていない被害者が、たくさん参加されています。

 4カ月以上を経過していれば、6カ月を待って症状固定としています。
 
① PCL後十字靱帯断裂も、4カ月を経過すると陳旧性、古傷化しています。今から、再建術を行っても、陳旧性であれば、専門医の執刀でも、元通りの保証はありません。後遺障害等級が薄まる程度の改善が得られれば、御の字です。
 
② 4カ月、6カ月が経過した段階で、相手損保に再建術を申し入れても、快く、治療費が負担されることはなく、大方は、弁護士対応で、休業損害の支払いも含めて拒否してきます。
 
③ さらに、再建術では、3、4カ月の入院と3カ月以上のリハビリ通院が必要となります。ここから4、5カ月も休業すれば、勤務先では、解雇か、アザーサイド、忘れ去られてしまいます。サラリーマンであれば、その後の会社人生を、完璧に、失ってしまうのです。

 
 そして、このことは、本件の損害賠償の対象にはならないのです。ほぼ全員の被害者が、泣く泣く、症状固定を選択しているのです。
 
Ⅴ. 動揺性はないが、MRI画像上で明らかな損傷が確認できれば、「痛み」の12級13号が認定されます。

 わずかな損傷や画像所見は微妙・・このような場合、受傷機転(どのように膝を痛めたのか)と症状の一貫性から、14級9号の余地を残します。しっかり、認定を取らなければなりません。
 
 長びく傷みは何故?の実例 👉 14級9号:後十字靭帯損傷(30代男性・兵庫県)
  
 
 膝の靭帯損傷すべてに言えますが、その治療から後遺障害認定に至るまで、経験がものを言います。正しい誘導の下に解決へ進めなければなりません。経験の乏しい事務所に依頼しますと・・「診断書を待ってます」とだけで、何か月も無策が続き(後遺障害認定まで、弁護士はやる事が無いとの認識でしょうか)、治療も賠償も取り返しのつかない状況に向かいます。
  

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