先日、顔面麻痺の被害者がいらっしゃったのですが、顔面麻痺の検査方法がありましたので、記載してみます。
柳原40点法とは、1976年に柳原尚明先生をはじめとする顔面神経麻痺の臨床研究に携わるグループにより作成され、1976年および1984年の国際顔面神経シンポジウムで報告されたものです。柳原40点法は、※「安静時の左右対称性と9項目の表情運動」を4点(ほぼ正常)、2点(部分麻痺)、0点(高度麻痺)の3段階で評価されます。微妙な場合は、中間の3点、1点を採用する場合もありますが、合計点数を計算するには偶数の方が簡便で検者間の誤差が少なくなるため、より妥当な偶数点に変更し、2進法で評価します。柳原40点法は、顔面表情の主要な部位の動きを個別に評価することで、検者の主観をおさえて再現性を高めるとともに、経時的な部位別評価をすることができます。40点満点で10点以上を不全麻痺、8点以下を完全麻痺、あるいは20点以上を軽症、18~10点を中等症、8点以下を重症とします。また、36点以上で中等度以上の病的共同運動(口を動かすと、一緒に目が閉じてしまうなどの症状)のないものを治癒と判定するようです。
柳原40点法を使用することにより、顔面神経麻痺発症初期に麻痺程度を診断することで予後評価が可能であり、的確な治療法の選択にも有用であることが報告されているようです。発症から1~2ヶ月の経過観察で機能予後をある程度判定できるため、術前評価法として神経再建をすべきか否かの判断の一助となっているようです。しかし、評価基準が3段階のため、術後評価としては実際には大雑把すぎるというのが問題であり、今後の課題でもあるようです。 ※ 10項目としては、「安静時の左右対称性」、「額のしわ寄せ」、「軽い閉眼」、「強い閉眼」、「片目つぶり」、「鼻翼を動かす」、「頬をふくらます」、「口笛」、「イーと歯を見せる」、「口をへの字に曲げる」があります。 後遺障害認定においては、この柳原40点法は参考程度にしか捉えられず、診断名、画像所見によって主に判断されていることが予想されます。「現場で使用する検査」と「立証で使用する検査」に乖離があるのは仕方のないことですが、問題はこの乖離を現場の医師が知らないという点です。交通事故(労災事故もですが)において、この問題が解決する日は来るのでしょうか。まだまだ秋葉事務所の活躍の場がありそうです。



このような被害者さんは、痛みの継続をもって、後遺障害14級9号「局部に神経症状を残すもの」の認定を受け、その賠償金を得て、長期間の治療・リハビリに備えるべきと思います。この程度(と言っても200万円~)で手を打つべきなのです。治らないからと言って、いつまでも保険会社と戦争すべきではありません。この解決の流れを作ることが私達の仕事でもあります。
もう一つのケースは、事故受傷を契機に頚部や肩の痛みは当然として、肩にそれ程のダメージがないであろう受傷状況から、「どんどん肩が挙がらなくなった」人です。先の説明、神経症状の一環とも思えず、いわゆる四十肩・五十肩、老化による自然な肩関節周囲炎の症状そのままです。この場合、事故受傷により、その衝撃から発症してしまう不幸なケースもあれば、実は事故前から不調だった、あるいは事故後から拘縮が進むケースですから、ケガと言うより年齢変性・運動不足による疾病に近づきます。事故との因果関係について、保険会社は当然に否定します。肝心の医師も判断に困ります。それがわかるほど、現代の医学は進歩していません。そして、賠償問題に関わりたくないので、患者と距離を置きます(逃げ出します)。
独り歩きを始めた診断名(診断書)ですが、賠償問題で保険会社と争う段階になれば、「肩腱板断裂」→「肩腱板不全断裂」→「肩腱板損傷の疑い」と、だんだん自信喪失、薄まっていきます。本来、慎重な医師であれば、予想的な診断名を口にしません。肩関節の専門医にコンサル(紹介)します。その専門医も安易に断定しません。問診・徒手検査を経て、MRIやエコー検査の画像を基に丁寧に診断を下します。そして、たいてい「年齢変性による肩関節の拘縮ですね」となりますが。
このように、中高年にとって、事故外傷と(年齢変性による)諸症状の切り分けこそ、交通事故解決の宿命と思います。私達は日夜、被害者さん・保険会社・医師の3者の交通整理をしているようなものです。
かく言う、私も肩の痛みに悩まされています。私には無縁と思っていた(根拠のない自信)五十肩になったのでしょうか? この件はまた、後日レポートしたいと思います。
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【1】 DIP関節における機能障害の等級認定は?
さて、数回の継続で改善はみられるか・・また報告します。
最近、ハイボルト治療の事を思い出したので少しネタに…
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理学療法士先生の気持ちはわかります
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